2025年4月23日から5月1日まで中国・上海市で開かれたモーターショー「Auto Shanghai 2025」に12年ぶりに出かけると、その変化の大きさに目を見張りました。国内便の主要発着場である虹橋(ホンチャオ)空港には巨大な鉄道のターミナル駅やショッピングモールが隣接し、2016年にオープンした「国家会展中心(上海)」は地下鉄2号線で空港の次駅から徒歩数分と至便な立地にあります。中心部の観光名所である外灘(ワイタン)の夜景は煌びやかさを増し、そこから西に伸びる南京東路は平日でも多くの人で賑わっています。若者に人気のトレンディな張園・茂名北路や、ハイブランド店が立ち並ぶ静安寺周辺ではスタイリッシュなEVが目を捉えます。中国では欧州高級車の売り上げが急速に落ち込んでいますが、性能やコストだけでなく、斬新なデザインでも海外ブランドを凌駕する中国ブランドの躍進がその背景にあるようです。(タイトル写真:建物面積150万平方メートルを誇る国家会展中心(上海)の北館。今回はアウディが大々的に広告を展開していた)

欧州ラグジュアリーブランド車の販売が崩壊

ところが、「終わった」のはポルシェだけではないようです。今回フェラーリ・チャイナの方と話す機会があったのですが、中国におけるマクラーレンの2024年の販売台数は2桁前半で、アストンマーティンも3桁に届いていないようです。2017〜2018年に年間1万台を超えていたマセラティも昨年は1228台(前年比−71%)まで落ち込みました。フェラーリにとって「ライバルはいなくなった」ようにも見えますが、そのフェラーリも中国(香港と台湾を含む)の昨年の販売台数は1162台(前年比−22%)と低調です。

2024年の日本市場(フェラーリ1445台/マセラティ1103台/マクラーレン290台/アストンマーティン522台で、マセラティ以外は対前年比増)と比較すると、中国市場の超高級車ブランドの低迷ぶりは顕著です。長引く不動産不況など経済の低迷で、中国でのLVMHグループの売り上げも2割減少しています。

昨年BYD本社の広報責任者は、「中国の消費者はブランドでなく、プロダクトで選ぶ」と話していましたが、日本のように戦後から長い間、欧米ブランドの影響下にあり高級ブランドへの信仰が根付いている国と違って、WTOに加盟してからまだ20年余りで経済が急速に発展した中国では、欧州ブランドの光も翳りが早かったようです。特にジェネレーションZなどの若い世代はコストパフォーマンスを非常に重視し、ブランドマークに何倍ものお金を払うことはないようです。

電子電装部品を手掛ける日系大手サプライヤーに勤める若い中国人女性も、「自動車はもはや当たり前のモノで、住宅や掃除ロボット、高級寝具などと競合する」、「(早く快適に)走るのは当たり前で、珍しいコクピット体験や自動運転などの新しい価値がなければエクストラな対価は払わない」と話していました。

「5年でBMWもメルセデス・ベンツもいなくなる!」

夜の外灘の高級レストランで、クルマ関係の仕事も手掛ける40歳ぐらいの会社経営の中国人男性が、「あと3〜5年でBMWもベンツもいなくなる」と語った時は正直驚きました。上海の大通りを走るクルマの半分はまだブルーのナンバープレートをつけたBMW、メルセデス・ベンツ、アウディ、(かつての高級車)ビュイックなどで、年70〜80万台を販売しているそれらのブランドがそんなに早く姿を消すというのはにわかに信じがたいものです。しかし、GMやホンダは昨年3割も販売台数を落としており、そのペースで減少すれば、70万台は3年後には24万台、5年後には11万台となり、3000万台の市場でのシェアはわずか0.3%と撤退同然となります。(ドイツプレミアムブランドのBMW、メルセデス・ベンツ、アウディの中国での2024年販売台数は、2023年比でそれぞれ−13.4% 、−7.3% 、−8.9%)

画像: メルセデス・ベンツは昨年中国で68万台(前年比−7%)を販売したが、今回Vクラスの次世代モデルコンセプト「ビジョン V」をワールドプレミアした。

メルセデス・ベンツは昨年中国で68万台(前年比−7%)を販売したが、今回Vクラスの次世代モデルコンセプト「ビジョン V」をワールドプレミアした。

日本のトップ自動車アナリストである中西孝樹氏は、日本経済新聞のライブ番組で、「フォルクスワーゲンとトヨタはなんとか生き残るかもしれないが、それ以外はわからない」という厳しい見方をしていましたが、それが現実になるかもしれないと思うほど、上海の街にはNIOやXiaomiなど中国のNEVブランドが似合って見えるのでした。(了)

●著者プロフィール
丸田 靖生(まるた やすお)1960年山口県生まれ。京都大学卒業後、東洋工業(現マツダ)入社。海外広報課、北米マツダ(デトロイト事務所)駐在を経て、1996年に日本ゼネラルモーターズに転じ、サターンやオペルの広報・マーケティングに携わる。2004年から2021年まで、フォルクスワーゲングループジャパン、アウディジャパンの広報責任者を歴任。現在、広報・コミュニケーションコンサルタントとして活動中。著書に「広報の極意−混迷の時代にこそ広報が活躍できる」(2022年ヴイツーソリューション)がある。

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