「戦略2035」とTOP 10プログラム
VWグループは、「戦略2035」を掲げており、その達成に向けて「トップ10プログラム」というアクションプランを策定しています。これには、製品ミックス、市場地域ごとの販売戦略、コスト削減、ソフトウェア、バッテリー、サプライチェーンの垂直統合、モビリティプラットフォーム、自動運転、サスティナビリティの実現などが含まれます。サスティナビリティは、2040年までの自動車の製造から廃棄・リサイクルまでライフサイクルを通してカーボンニュートラルを達成する計画で、同時にEUの2035年のエンジン車禁止に向けて投資や製品計画を立てています。10年後を見据えたeモビリティへの転換のロードマップは今のところ堅持しています。
特に、地域に根ざした戦略はますます重要になってきており、中国は新エネルギー車の遅れを取り戻すべく、VWブランドはシャオペンとアウディは上海汽車(SAIC)と組んで製品を補完すること。北米はインフレ抑制法(IRA)に対応してカナダに電池工場を建設し、かつて人気のあったレジャービークルの「スカウト」ブランドを再興。世界第3位の自動車市場となったインドへはシュコダを中心とした展開を進めることなどが説明されました。
欧州は、市場の縮小(1600万台→1400万台)に対応した生産能力の最適配分を図ります。初めて総従業員数という指標を設定し、特にドイツでは、ベイビーブーマーの退職による従業員の自然減などで、生産能力調整(含む夜勤の取り止め)とコスト削減を図る考えです。
ソフトウェアを開発するカリアッド(Cariad)の体制も刷新
ソフトウェアのカリアッドについては、新しいマネジメントを任命して一時の混乱した状況を整理し、遅れていたポルシェとアウディのEVプラットフォーム(PPE)向けにはアンドロイドベースのVW OS 3.1.2が採用されます。自動車ソフトウェアではクアルコムやNVIDIAなどのITのビッグテックと協力する動きが主流になりつつありますが、これを踏まえつつ、これまでの個別なパートナーとの協力も維持して最適な関係を構築すること。最初のSDV(ソフトウェア定義による車両)は2028年にアウディとVWから登場することなどが明らかにされました。ただ、SDVについてはルノーは2026年に導入としているので、決して早いとは言えません。また、自動運転については、モービルアイやボッシュ、中国ではホライズン・ロボティクスと協力すると表明しました。
次世代のEVプラットフォームのSSP(Scalable Systems Platform)については、小さなEVから1800馬力の超高性能車まで全ブランドに対応できるバッテリーやモジュールを準備し、コスト削減につなげること。バッテリーについては、統一化(ユニファイド)セルが80%を占め、ドライコーティング電極やフレキシブルケミストリーの採用で、多様なニーズに対応するとしました。
こうした10のプログラムを見てみると、EVやSDVの開発費から、地域ごとの製品・供給戦略、リサイクルやサプライチェーン含めたカーボンフリー化など、大きな投資が必要となります。一時代前と変わって、販売台数よりも、潤沢なキャッシュを生み出して投資や株主還元に回す稼ぐ力、すなわち営業利益率が重要な指標となるのも理解できます。
このように、ブルーメCEOは2023年で基盤を整え、次の10年の戦略を明確にしたと説明しましたが、投資家はその内容とスピードに十分な確信を持てたとはいえないようです。米ウォールストリートジャーナルは、今回の堅実な決算を受けてもVWの市場評価が上がらない理由として、「投資家はトヨタの『ハイブリッド主権』やステランティスの『コスト管理のお手本』といった分かりやすい話を求めている。今のフォルクスワーゲンの緩慢で複雑な再生物語は、過去のCEOから聞いた話とあまり変わり映えしない」という機関投資家のコメントを載せています。
3兆円を超える利益を上げ、純利益の30%近くを配当しても、時価総額がテスラやトヨタに遠く及ばないVWの苦しい変革(トランスフォーメーション)はしばらく続きそうです。(了)
●著者プロフィール
丸田 靖生(まるた やすお)1960年山口県生まれ。京都大学卒業後、東洋工業(現マツダ)入社。海外広報課、北米マツダ(デトロイト事務所)駐在をへて、1996年に日本ゼネラルモーターズに転じ、サターンやオペルの広報・マーケティングに携わる。2004年から2021年まで、フォルクスワーゲングループジャパン、アウディジャパンの広報責任者を歴任。現在、広報・コミュニケーションコンサルタントとして活動中。著書に「広報の極意−混迷の時代にこそ広報が活躍できる」(2022年 ヴイツーソリューション)がある。