反対派は周辺地域からの流入を抑制するパリ市のエゴと反発
今回のSUV駐車料金3倍ルールについては、自動車愛好家団体である“4000万人の運転者(40 million d'automobilistes)”が、「グリーンポピュリズム政策の最たるものだ。環境の名の下に、超都市派や反自動車マイノリティによる自由への攻撃であり、他の都市に壊疽のように広まる前に阻止しなければならない」とすぐさま請願書の署名運動を開始したほか、パリ市議の中でも右派やイル・ド・フランス地域の首長からも反発の声が上がっています。
環境左派と保守系右派の対立は欧州各国で典型的な政治的構図ですが、1.6トン以下となれば、VWティグアンなどのいわゆるCセグメントのSUVも排除され、プジョー2008やルノーキャプチャー、ダチアサンドロなどのスモールSUVしか免除になりません。EVも、コンパクトSUVのVW ID.4やアウディQ4 e-tronなどは2トン超えです。
欧州市場では昨年新車販売の5割がSUVだったとされており、「SUVはファミリーバンの新しい形態であり、SUVの排除はクルマそのものを根絶しようとする動きの一環だ」という「4000万人の運転者」の批判にも一理あると思えます。パリのSUV排除的駐車料金は、大型のプレミアムカーの多いドイツではまず受け入れられないでしょうし、米国では「選択の自由の侵害」として猛反対にあい、成立する可能性はないでしょう。
富裕な都市と周辺地域の分断の懸念も
今回の住民投票は、投票率の低さに加え、賛否がほぼ半々と拮抗しており、市議会の最終判断も難しそうです。ロイターの記者にインタビューされた住民も、「子供は自転車に乗せて移動できると分かったから、SUVはなくて問題ない」というモンマルトルに住む20代の母親もいれば、「週末や休暇にはクルマで市外に出かけるので、クルマを禁止するような方向は困る」と困惑する30代の主婦もいます。
パリのみならずヨーロッパの都市は、大体が徒歩や自転車、公共交通手段を使って効率的に移動できるサイズです。既に移動手段をクルマから切り替えつつあるパリ市民は、駐車料金が高くなっても影響は限定的かもしれませんが、一方で、市外からの通勤者や週末や休暇にパリを訪れる郊外の住民は大きな不利益を被ることになります。都市の大気汚染の改善や安全と住みやすさのために進められるゼロエミッション規制や車両通行禁止は、都市と周辺地域の間の軋轢の種にもなりかねません。
パリ議会が今後どういう決定をするか注目されますが、移動の自由の尊重か、環境配慮のための妥協を受け入れるのか、パリの決定は欧州の他の都市にも影響を与えそうです。(了)
●著者プロフィール
丸田 靖生(まるた やすお)1960年山口県生まれ。京都大学卒業後、東洋工業(現マツダ)入社。海外広報課、北米マツダ(デトロイト事務所)駐在をへて、1996年に日本ゼネラルモーターズに転じ、サターンやオペルの広報・マーケティングに携わる。2004年から2021年まで、フォルクスワーゲングループジャパン、アウディジャパンの広報責任者を歴任。現在、広報・コミュニケーションコンサルタントとして活動中。著書に「広報の極意−混迷の時代にこそ広報が活躍できる」(2022年 ヴイツーソリューション)がある。