一枚岩でないEUがここでも露呈
今回のEUの調査開始のニュースに、ドイツ自動車工業会VDAは懸念を表明しました。中国市場の売上が3割以上で、研究開発や工場設備に多大な投資をしているドイツ自動車産業にとっては、今回のEUの決定は危険な賭けに見えるかもしれません。一方で、フィアットやプジョー、オペルなど量販価格帯のモデルが中心のステランティスのカルロス・タバレスCEOは、かねてより中国製輸入車に対する警戒心を露わにしています。同社はドイツメーカーと違って中国市場での販売台数は少なく現地生産も縮小しており、その立場は大きく異なります。
EUの調査とは別に、フランス政府は、生産工程におけるCO2の排出量などを精査して、環境基準に沿わないEVは同国の購入補助金の対象から外すと決め、12月に対象車リストを公表します。イタリアもこれに同調する姿勢を見せていますが、火力発電の比率が高い中国製車の除外が目的と言われています。米国のIRA法によってEV購入の補助金がほぼアメリカメーカーに限定されたことを受けて、各国が自国内への電池製造の囲い込みや、EVに移行する自動車産業の雇用の確保に動いています。
実質的な価格上昇圧力になるか
今回の件で思い出したのは、1990年代初めにアメリカのビッグ3が、米国市場で急激にシェアを伸ばし始めた日本製のミニバンに不当な安売りの疑いありとして提訴した「ミニバンダンピング訴訟」です。米商務省は「クロ」と判定したものの、ITC(米国国際貿易委員会)は1年後に「シロ」と裁定してダンビングの事実は認められなかったわけですが、最終結論が下るまでの間に、預託金を積まされた日本のトヨタやマツダは相次いで値上げを実施して実際には競争力を削がれました。
今回のEUの調査開始が、特に普及価格帯のEVを販売したい中国メーカーの今後の値付けを高めに誘導して価格破壊力が抑えられてEUも一息つける、という展開も視野に入るかもしれません。(了)
●著者プロフィール
丸田 靖生(まるた やすお)1960年山口県生まれ。京都大学卒業後、東洋工業(現マツダ)入社。海外広報課、北米マツダ(デトロイト事務所)駐在をへて、1996年に日本ゼネラルモーターズに転じ、サターンやオペルの広報・マーケティングに携わる。2004年から2021年まで、フォルクスワーゲングループジャパン、アウディジャパンの広報責任者を歴任。現在、広報・コミュニケーションコンサルタントとして活動中。著書に「広報の極意−混迷の時代にこそ広報が活躍できる」(2022年 ヴイツーソリューション)がある。