EUの主張が無理筋に見えるわけ
欧州委員会の調査の発表からわずか2週間後に、同委員会の副委員長で貿易担当のヴァルディス・ドンブロウスキス氏が中国に行き、この件では中国当局の協力の下に進めたいと伝えた際、中国側も攻撃的な声明は繰り返さず協力する姿勢を見せました。ウクライナ戦争でロシアに事実上加担した形の中国への投資や依存を減らすディリスキング(de-risking)の動きが欧米で加速していますが、中国としても低迷する経済のテコ入れのためにEUとの関係悪化は避けたい思いがあります。
最長13ヶ月かかるという調査の行く末を見通すのは難しく、EUも中国のどちらも面目を失わずに決着する術はあるのでしょうか。正直なところ、中国政府の不当な補助を立証し、EUが追加関税などの措置を取ることはかなり難しいと感じます。
その理由は3つあります。
一つは、中国政府の不当な補助を「立証」するのは容易でなさそうということです。米国ではバイデン政権のIRA法、EU諸国でもEVやバッテリーの自国内での生産を促す補助金や税金の減免など招致合戦が加熱しています。欧米ほど民間の資本市場が開かれていない中国では、省や市の補助金や融資が資金調達を助けても不思議はありません。そうした支援は本来、企業の投資継続や運転資金のためですが、それが不当に製品価格を下げることに使われたと立証することは容易ではないでしょう。
ましてや、NIOやシャオペン、中国3大新興EVメーカーで最も時価総額が高いLi Auto(理想汽車)はいずれも米国株式市場に上場しているパブリックカンパニーです。もし、SAICや東風汽車、長安汽車のような省政府が実質所有するメーカーを主な対象にするとなると政治的にも微妙です。
欧州の中国製車は安くない
2つ目は、中国製自動車の価格は欧州で必ずしも安くないということです。例えば、51kWh のバッテリーを搭載する「MG4」の標準モデルの英国価格は26,995ポンドですが、今の為替レートで換算すると23万元を超え、中国での販売価格の139,800元より7割も高い計算になります。また、82.5kWhのバッテリーを搭載するBYD Sealの本国価格は222,800元(換算すると35,365ユーロ)ですが、ドイツの同モデルの価格は44,900ユーロです。EU向けの認証費用、輸送費、輸入関税(10%)、付加価値税、販売費などで約10,000ユーロのコスト高(※3)になるとすると、概ね妥当な値付けと言えそうです。※3:ANE記事の試算による。
NIOのET5 ツーリングもドイツの価格は59,500ユーロからで、中国の価格(298,000元≒39,000ユーロ)と比較すると2万ユーロも高いことになります。こうしてみると、果たして「不当に安く売られている」というのが事実と言えるのかどうか。
3つ目は、欧州が追加関税にもし踏み切った場合、間違いなく中国の報復措置を呼び込むことです。現在中国へ輸入される乗用車の関税は15%(2018年以前は25%)ですが、中国側の報復として関税の引き上げやバッテリー材料の輸出禁止なども予想されます。欧州からの中国への完成車の輸出は昨年41万台で、金額では245億ユーロ。これは中国からEUへの自動車輸出金額の2.5倍です。メルセデス・ベンツ(Sクラス)、BMW(7シリーズ)、アウディ(A8)などの最上位モデルや全量を完成車として輸出するポルシェなどが受ける影響は、欧州で低価格の中国製EVが増える脅威を当面上回るかもしれません。また、追加関税を課せば、それは上海工場製のテスラや欧州メーカーの逆輸入車にも付加されることになります。