2025年8月12日、フォードはケンタッキー州ルイビル工場に20億ドルを投資し、中型EVピックアップトラックを3万ドルの価格で2027年に発売すると発表しました。車体を前部・中央・後部の3つのモジュールに分けて組み立て、コンベアラインを大幅に短縮して生産スピードを最大40%早める製造コンセプトは、テスラが2年前に発表した「アンボックスド(unboxed)」製法に類似するものです。フォードは、テネシー州に次世代フルサイズEVピックアップトラックを生産する一大拠点「ブルーオーバルシティ(Blue Oval City)」を建設中ですが、他社に先駆けて発売した「F150ライトニング」の販売は計画を大きく下回り、テネシー新工場の生産開始を2028年まで3年延期を余儀なくされました。EV事業で年間50億ドルの損失を出しているフォードですが、テスラさえまだ実現していないこの革新的な設計・製造をものにして、モデルTのような「大衆向けEV」を世に送り出すことができるでしょうか。(タイトル写真は、ルイビル工場で新型EVの概要を発表するフォードのジム・ファーリーCEO)

「クルマが製品であると同様に、工場も製品だ」(イーロン・マスク)

テスラは、「モデル2」を生産するとされたメキシコ工場建設を中断し、2万ドル台の廉価モデルは現行の「モデルY」の簡略版になるようです。一方で、「アンボックスド」製法は、来年発売する「サイバーキャブ」を生産するテキサス工場でこれを導入する予定です。

2018年に「モデル3」の量産立ち上げで工場に何日も寝泊まりして「量産地獄」を体験したイーロン・マスク氏は、「クルマが製品であると同様に工場も製品だ(The factory is the product as much as the car is the product)」とかねてより発言していますが、最終的には人間の歩くスピードの組み立てライン(5秒に1台がラインオフ)という驚異的なゴールを念頭においているようです(テスラ2025年第1四半期決算会見での発言。現在は、同社の上海工場が33秒に1台ラインオフで世界最速という)。

画像: 今年2月に新型モデルYの生産を開始したテスラの上海ギガファクトリー。(Tesla AsiaのXより)

今年2月に新型モデルYの生産を開始したテスラの上海ギガファクトリー。(Tesla AsiaのXより)

今回のフォードの発表を見ていると、その製造現場を重視し、現場の従業員を参画させるやり方が、GMが1980年代に「米国人の手で優れた小型車を開発・生産する」として新たにブランドを立ち上げ、テネシー州に50億ドルをかけてまったく新しい工場を建設した「サターン」を思い出させました。

クルマはデジタル化して「走るスマホ」になり、今は人間に頼っている組み立て工程でも自動化やロボットによる作業が増えるでしょうが、ヒューマノイドが人間のように繊細で複雑な作業を代替するのは不可能か、できても何十年も先でしょう。

テスラが目指すのは、究極の生産効率を実現した完全自動化の自動車工場であり、そのために車両の設計そのものも変えることです。しかし、レガシー自動車メーカーは、当分の間は労働者を雇用して生産を行なっていかなければなりません。今回のフォードの斬新な試みが、作業者の負担を軽減しつつ、生産効率を大きく高めて廉価なEVを世に送り出すことができれば、テスラが目指すのとは別の次元で、米国の製造業の未来にひとつ明るい光が差すことでしょう。(了)

●著者プロフィール
丸田靖生(まるた やすお)1960年山口県生まれ。京都大学卒業後、東洋工業(現マツダ)入社。海外広報課、北米マツダ(デトロイト事務所)駐在を経て、1996年に日本ゼネラルモーターズに転じ、サターンやオペルの広報・マーケティングに携わる。2004年から2021年まで、フォルクスワーゲングループジャパン、アウディジャパンの広報責任者を歴任。現在、広報・コミュニケーションコンサルタントとして活動中。著書に「広報の極意−混迷の時代にこそ広報が活躍できる」(2022年ヴイツーソリューション)がある。

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