2024年2月22日の昨年度の決算説明会で、メルセデス・ベンツが「市場環境が許せば、2030年に新車販売を全てEVに」の目標を取り下げ、「2020年代後半にxEV(※1)を50%」へと大幅に修正しました。また、アップルも開発を進めていたEVのプログラムを中止し、人員をAIに注力すると決めたようです。EVの需要が踊り場に差しかかった今、リヴィアン(Rivian)やルーシッド(Lucid)などのEVスタートアップも昨年並の販売しか見込めないと表明しEV市場での生き残りが厳しさを増しています。※1:xEVはメルセデス・ベンツではEVとプラグインHEVを指す。マイルドHEVは含まず。(タイトル写真:メルセデス・ベンツ)

新興EVメーカーの苦難は続く

世界的なEV販売の減速は、スタートアップEVにも深刻な影響を与えています。アマゾンから10万台の配送トラックを受注しているリヴィアンは、EVの「血の池(blood bath)」(※2)で生き残る可能性があると見られているスタートアップの一つですが、2月の決算発表で、今年の販売台数が昨年並の5万7000台と伸び悩む予想を提示して、その株価は一挙に4割下がりました(NY証券取引所 3月5日の株価は10.9ドル)。※2:ステランティスのカルロス・タバレスCEOの発言

画像: リヴィアンはテスラ同様にダイレクト販売で主要都市に「リヴィアンスペース」を設置している。写真はニューヨークの10番街(&14th.ストリート)のもの。

リヴィアンはテスラ同様にダイレクト販売で主要都市に「リヴィアンスペース」を設置している。写真はニューヨークの10番街(&14th.ストリート)のもの。

元テスラ「モデルS」のチーフエンジニアであるピーター・ローリンソン氏が指揮を取るルーシッドは、サウジアラビアの政府系ファンドが支援し、英アストンマーティンがその技術力を買ってバッテリーやeモーターを採用する予定ですが、今年の世界販売台数が9,000台(昨年8,400台)に止まると見ており、株価は3.1ドルと低迷しています。

昨年、リヴィアンは年間売上高を上回る543億ドル(8140億円)の赤字、ルーシッドは売上高の4倍以上の280億ドル(4200億円)の赤字を計上しており、もし資金が枯渇すれば、フォックスコンが後ろ盾だったローズタウンモータースのように倒産の危機に瀕します。

画像: ルーシッドは高級EVセダン「エア」に続く2つ目の車種「グラビティ」を昨年11月のロサンゼルスモーターショーで発表した。

ルーシッドは高級EVセダン「エア」に続く2つ目の車種「グラビティ」を昨年11月のロサンゼルスモーターショーで発表した。

また先週末には、日産がフィスカー(Fisker)に4億ドル(600億円)を投資し、同社の開発するEVピックアップトラック「アラスカ」を日産の米国工場で生産する提携を協議中と報道されました(日産はノーコメント)。SUVの「オーシャン」のデリバリーが始まったばかりのフィスカーの昨年の販売台数は5000台弱、赤字は7億6000万ドル(1140億円)に達しており、今年中に資金が枯渇する可能性を2月の決算発表で開示しました。株価は41セントに下落し、長期に渡り1ドルを割り込んでいることから、NY証券取引所から上場取消しの勧告が出ている状況です。

画像: フィスカーのミッドサイズSUV「オーシャン」(写真)は38,999ドルから。4車種の開発を計画しているが、生産工場は持たず「オーシャン」はマグナ・シュタイヤーが製造する。

フィスカーのミッドサイズSUV「オーシャン」(写真)は38,999ドルから。4車種の開発を計画しているが、生産工場は持たず「オーシャン」はマグナ・シュタイヤーが製造する。

苦境のEVスタートアップの生き残り策は、自社の技術を大手自動車メーカーに認めてもらい資金注入や提携にこぎつけるか、リヴィアンや中国のNIO(上海蔚来汽車)のように自力で生き残る道にかけるか、いずれにしてもEV市場の成長のペースが見通せない状況下では大きなリスクを抱えています。それでも、これだけ赤字のEV事業に資金を投入する自動車メーカーや機関投資家がいるのは、世界の自動車市場がインドなどの新興国を含めて、EVやSDVへシフトしつつこの先まだまだ成長すると見込んでいる証左でしょう。

それにしても、インフレと金利高でも強気の米国の株価や、最近の東証の急激な値上がりは、2008年の米国金融危機の前に、当時のグリーンスパンFRB議長が口にしていた「根拠なき熱狂(irrational exuberance)」に近似しているのでは、と思ってしまいます。EVや自動運転の後、今度はAIに飛びついたマネーの「熱狂」に米国だけでなく全世界が振り回されているのが今の状況なのかもしれません。(了)

●著者プロフィール
丸田 靖生(まるた やすお)1960年山口県生まれ。京都大学卒業後、東洋工業(現マツダ)入社。海外広報課、北米マツダ(デトロイト事務所)駐在をへて、1996年に日本ゼネラルモーターズに転じ、サターンやオペルの広報・マーケティングに携わる。2004年から2021年まで、フォルクスワーゲングループジャパン、アウディジャパンの広報責任者を歴任。現在、広報・コミュニケーションコンサルタントとして活動中。著書に「広報の極意−混迷の時代にこそ広報が活躍できる」(2022年 ヴイツーソリューション)がある。

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