カロッツェリアでは唯一ピニンファリーナが出展
ベルトーネ、ギア、イタルデザイン、ザガードなどのイタリアの伝統あるカロッツェリアはジュネーブショーの華でしたが、今回は唯一ピニンファリーナがブースを出展しました。展示したフォックストロン「Model B」は、台湾のEMSの巨人フォックスコンにデザインを委嘱され、量産に向けて最終段階にある汎用価格帯の都市型EVで、台湾やアメリカで生産が計画されています。この他、水素を燃料とするV6エンジンをミッドシップに搭載したグランツーリスモ「Enigma GT」は、ピニンファリーナ創業95周年となる来年の発表に向けて開発が進められています。
この他には、往年のWRCラリーのチャンピオンカーのランチャラリーの現代版を製作するキメラ・アウトモビリやアルファロメオジュリアのモダンアップデートモデルを作るトーテム(Totem)など最近のイタリアのビルダーや、アメリカの高級EVメーカーLucidもIAAミュンヘンに続いて出展しています。これらは、富裕なスイスの車好き顧客を見込んでのことでしょう。
例年、フェラーリやランボルギーニ、アストンマーティン、マクラーレンを始め、ブガッティ、パガーニ、ケーニセグなどのハイパーカーメーカーやRUF、ブラバスなどのチューナーが軒を並べて華を競っていたのを思うと、こうした車両が見れないのは残念です。2025年以降は、果たしてカロッツェリアやブティックメーカーが戻って来るのか、新たな活性化の手段を期待したいところです。
伝統のジュネーブショーに未来はあるか?
1905年に発足したジュネーブショーは、古き良き欧州の自動車業界の雰囲気やクルマ文化を伝えるものとして、また近年ではひとつの政治・経済圏となった欧州の協調と多様性の象徴として、レマン湖とアルプスを背景に春の訪れをつげる自動車業界の年中行事でした。
近年はホテルの料金が法外に高くなり、60km離れたローザンヌやフランス側のアネシーに宿をとることもあったりで、メディア関係者や企業の広報担当者には鬼門のモーターショーになっていました。それでも空港直結のメッセは便利がよく、屋外は雪の混じる寒風が吹いても気持ちよく取材ができる会場でした。
ミュンヘン(かつてはフランクフルト)やパリのモーターショーに開催国以外のメーカーの出展がほとんどなくなってしまった昨今、ヨーロッパのコスモポリタンな雰囲気を残したジュネーブショーがこのまま衰退してしまうのは残念です。デジタルワールドがリアルに匹敵するコミュニケーション力を持った今、自動車メーカーやカロッツェリアなどが勢揃いした「昔」に戻ることは難しいかもしれませんが、何らかの形で、あの自動車の美術館のようなショーの魅力をもう一度味わいたいという思いが去来します。(了)
●著者プロフィール
丸田 靖生(まるた やすお)1960年山口県生まれ。京都大学卒業後、東洋工業(現マツダ)入社。海外広報課、北米マツダ(デトロイト事務所)駐在をへて、1996年に日本ゼネラルモーターズに転じ、サターンやオペルの広報・マーケティングに携わる。2004年から2021年まで、フォルクスワーゲングループジャパン、アウディジャパンの広報責任者を歴任。現在、広報・コミュニケーションコンサルタントとして活動中。著書に「広報の極意−混迷の時代にこそ広報が活躍できる」(2022年 ヴイツーソリューション)がある。