2032年のCAFE(企業平均燃費)の提案に自動車メーカーは猛反発
こうした市場や自動車メーカーの動きをみていると、米国政府が目指すEVシフトの目標は果たして現実的なのかという疑問が湧いてきます。2022年の米国のEVシェアは5.8%でしたが、バイデン大統領が2021年に表明した「2030年に50%」に達するには、年率で36.7%の成長が必要になります。単純計算すると2026年のEVシェアは20.2%、向こう3年間は現在の50%の成長が続くとすると29.3%になります。
自動車メーカーの企業平均燃費(CAFE)を制定する米国道路交通安全局(NHTSA)は、4月に米環境保護庁(EPA)が発表したCO2排出削減目標を考慮しつつ、2027年以降2032年までの5年間に乗用車で毎年2%、小型トラックで4%の改善を求める規制案を7月に発表しました。現在の規制値は2026年に49mpg(20.7km/L)(※4)で、新しい規制案では2032年のCAFEは58mpg(26.6km/L)となりますが、これに対してデトロイト3をはじめ、トヨタ、フォルクスワーゲンなどの自動車メーカーの作る団体は「何兆円もの罰金を課される」と反発しています。※4:マイル・パー・ガロン。1ガロンは約3.8L。
特にデトロイト3は、EVの電力消費量のガソリン車燃費への換算係数(Petroleum Equivalency Factor)を現状よりも約4倍も厳しくする方針について、強い反対意見を表明しました。 新たな換算係数を採用すると、フォードF-150ライトニングの燃費は、現在の228mpgから67mpgに大幅に下がることになり、少量のEV販売では、ガソリン車の大型ピックアップやSUVの燃費を相殺することができなくなるためです。このCAFEの規制案に関しては、デトロイト3に対してストライキを決行中のUAWも反対しており、逆にテスラは「不十分」としています。
不透明要素が多いアメリカ経済
米国市場は、昨年後半からのFRBのインフレ抑制のための急激な利上げによる高金利で、住宅市場や自動車市場の減速が懸念されてきました。しかしながら、コロナ禍で世帯貯蓄が過去最高に積み上がっていたこともあり、自動車市場は8月までは前年比15%の増加となっています。ここにきて、自動車ローンの延滞率が上昇(7.3%)しており、毎月の支払額の負担増でクルマの購入を控える消費者も増えてきそうです。
また6週間目に入ったUAWのストライキの影響が、デトロイト3のみならず中小のサプライヤーのレイオフなど広範囲に及び、消費者心理に跳ね返ってくることも想像されます。既にステランティスは、コスト削減を理由に来月のLAモーターショーや来年1月のCES(コンシューマー・エレクトロニックショー)の出展を取りやめると発表しました。
政治的にも、ウクライナ戦争に加えパレスチナの危機が切迫する中で、来年1月から大統領選の予備選が始まりますが、米議会下院議長の更迭後も後任が決まらないなど共和党内は混沌としており、一方、民主党も再選を目指すバイデン大統領の高齢といった懸念で支持率が伸びないなど不安定です。
「ロシア&中国vs.米国」の対立も深まる一方であり、今後の世界経済への影響が心配されます。アメリカ経済の楽観がいつまで続くのか、マスク氏がこれまでになく慎重な態度で先行きを語ったことは、もしかしたらEV市場だけでなく、アメリカ全体を覆うかも知れない暗雲を示唆しているかも知れません。(了)
●著者プロフィール
丸田 靖生(まるた やすお)1960年山口県生まれ。京都大学卒業後、東洋工業(現マツダ)入社。海外広報課、北米マツダ(デトロイト事務所)駐在をへて、1996年に日本ゼネラルモーターズに転じ、サターンやオペルの広報・マーケティングに携わる。2004年から2021年まで、フォルクスワーゲングループジャパン、アウディジャパンの広報責任者を歴任。現在、広報・コミュニケーションコンサルタントとして活動中。著書に「広報の極意−混迷の時代にこそ広報が活躍できる」(2022年 ヴイツーソリューション)がある。