当面の勝者はオリバー・ブリューメCEO
一方会社側も、「未来のフォルクスワーゲン(Zukunft Volkswagen)」と銘打たれた今回の合意を、「雇用保証とコスト削減を実現し、VWがサスティナブルモビリティの時代に技術的リーダーたることを確かにする」として、従業員の理解と協力に感謝するコメントを出しました。
当初、双方の主張の隔たりは大きく、ダニエラ・カヴァッロ労使協議会議長は、「将来の計画を明確にしなければ受け入れられない」と交渉過程で繰り返し語っていました。しかし、組合側と会社側双方の発表内容を見ると、2030年までの主要製品の生産計画が開示され、それを踏まえて従業員にとっては痛みをともなう内容を組合は受け入れたと言えるでしょう。

ハノーファーにおける70時間のマラソン交渉の末の合意を発表する組合側の代表。中央がIGメタルのトルステン・グレーガー氏、右はVW労使協議会会長のダニエラ・カヴァッロ氏。
全体としては、独ハンデルスブラット紙が「オリバー・ブリューメが勝者」と書いているように、経営側の要求に組合がかなり譲歩したと言えそうですが、その譲歩は、フォードが欧州で4000人の削減を、大手部品メーカーのボッシュやコンチネンタル、ZFなどが相次いで数千から1万人単位の大規模な人員削減を発表し、ドイツ経済(GDP)が2年連続マイナス成長となる見込みという逆風下でこそ受け入れられたとも言えるでしょう。
VWの「未来」がこれで担保されたのか
ドイツ企業の監査役会には組合側の代表が一定比率入ることが義務付けられており、VWの場合は20人のうち半数が組合代表です。さらに地元のニーダーザクセン州からも2人代表が入っており、工場の閉鎖や大規模な生産の移管は監査役会の承認がなければできない決まりで、そのためVWのドイツ生産能力や従業員の削減は非常に難しく、歴代の経営トップも手をつけることができませんでした。
1937年の設立以来はじめて、工場閉鎖の危機が叫ばれた今回ですが、労使が共同して企業を運営するその設立時の精神に基づき、今回ストライキを回避できたのは、VWの歴史において画期的な出来事と言えるかもしれません。ビートルやゴルフといった「ピープルズカー」でドイツ自動車産業をリードしてきた歴史と責任があるからこそ、ストライキを回避し、強制解雇なしの解決策を見出せたと言えるでしょう。
一方で、コスト削減は本当に充分なのか、いずれ閉鎖されたり縮小される工場の従業員が素直に受け入れるのかという疑問も出ています。
IGメタルは「今後経営陣は、最高のモデル、最高のバリューチェーン、最高の従業員による技術的リーダーシップの達成という宿題を果たさなければならない」と述べており、EV化の速度に対応した製品サイクルの調整や、米国の新興EVメーカー リヴィアン・オートモーティブとのソフトウェアでの協業など、戦略がうまく機能するのか経営陣の手腕にかかっており、その成否は今後2〜3年の動向を見ないとわからないと言えそうです。
最後に労使双方ともに、安価なエネルギー供給やEV振興策など「eモビリティへの転換に向けた一貫した産業政策」を要請するのを忘れませんでした。メルケル政権から継続していたEV購入補助金が2023年末に突然終了してEV販売の急落を招き、ついに連立政権が崩壊して2025年2月に連邦議会解散・総選挙となりました。新たに生まれる政権が「政策の健全な後押しがあってこそドイツの自動車産業の競争力が保たれる」という労使の共通したメッセージに答えられるかどうかも焦点になりそうです。(了)
●著者プロフィール
丸田 靖生(まるた やすお)1960年山口県生まれ。京都大学卒業後、東洋工業(現マツダ)入社。海外広報課、北米マツダ(デトロイト事務所)駐在をへて、1996年に日本ゼネラルモーターズに転じ、サターンやオペルの広報・マーケティングに携わる。2004年から2021年まで、フォルクスワーゲングループジャパン、アウディジャパンの広報責任者を歴任。現在、広報・コミュニケーションコンサルタントとして活動中。著書に「広報の極意−混迷の時代にこそ広報が活躍できる」(2022年ヴイツーソリューション)がある。