ステランティスのカルロス・タバレスCEO辞任の発表は、クリスマスに向けて気分も浮き立ち始める12月に入った矢先のことで関係者を驚かせましたが、波乱に満ちた2024年と自動車業界が直面している苦難を象徴しているようです。そのわずか2カ月前、ステランティスは米国市場の在庫圧縮による費用を理由に大幅な減益見通し(2桁だった営業利益率を5.5〜7.0%へ修正)を公表、タバレス氏はその責任を問われてか任期の切れる2026年初頭に円満に退任と発表されたばかりでした。それがなぜ急転直下の辞任に至ったのか、現地の報道などから探ってみます(写真はステランティス)

グループの欧州のマーケットシェアは4年で5%も減少

日本で見る欧州からの報道は最大市場であるドイツからのものが主体になりがちで、筆者も見逃していたのですが、ロイターは別の記事で、タバレス氏がステランティスのCEOに就任した2021年はじめから現在にかけて、同グループの欧州のマーケットシェアが21.2%から14.4%と3分の1も減少していることを指摘しています。

ACEAのデータによれば、特にフィアットやシトロエンのシェア低下が顕著で、それぞれ4.0%→1.8%、3.8%→2.2%に低下しています。この減少分の行き先は一時肉薄していたトップのVWグループ(25.4%→28.2%)であり、ダチア含むルノーグループ(9.2%→9.9%)です。シェア下落を招いたのは米国市場と同様に「値上げ」で、JATOダイナミクスによれば、欧州主要国でのステランティス車の平均価格は過去4年間で3万5771ユーロから4万0338ユーロへ約13%上昇しています。

例えばランチア イプシロンの乗り出し価格は、1万7000ユーロから2万5000ユーロに上昇したようです。タバレス氏は在任中、サプライヤーからのコストは削り、販売価格は価格弾性値の限界まで引き上げることでメーカーの利益を最大化してきましたが、供給不足が解消されて市場が通常に戻った時に、顧客の期待値との間に大きなズレが生じていたのです。

画像: フィアット 500eは2020年の発売当初こそスモールEVとして人気を呼んだが、最近は販売低迷。トリノの生産工場は2024年12月から年明けまで生産休止している。

フィアット 500eは2020年の発売当初こそスモールEVとして人気を呼んだが、最近は販売低迷。トリノの生産工場は2024年12月から年明けまで生産休止している。

ステランティスは合計14ものブランドを抱える自動車のデパートのような会社です。技術的には「スモール」「ミディアム/ラージ」「フレーム」の3つのプラットフォームをベースに複数のブランド向け車種を開発するコスト効率の良いエンジニアリングが成功していると見られていましたが、2024年1〜10月の欧州販売(EU+EFTA+UK)でも主力のプジョーやオペルなど、ジープを除くすべてのブランドの販売台数が減少している状況(170万台、前年同月比−7.1%)です。アルファロメオやDS、マセラティなども台数を落としており、タバレス氏は2024年夏に「利益のでないブランドは整理もあり得る」と語っていました。

利益の約6割を米国で稼ぎ出して、欧州などで展開する小型車ブランドを支えるという偏った収益バランスの構造です。中国市場での販売台数が近年大幅に縮小して2023年は7万台程。また2024年から22%のEVの販売が義務付けられる英国(※)では、VWやフォードなどが多額の罰金の対象になると見られ(VWで300億円との予測)、テスラなどからクレジットを購入するなどが必要になります。こうした販売状況・規制を理由にステランティスは商用バンを生産しているルートン工場を閉鎖し、もうひとつの英国生産拠点であるエルスメアポート工場に集約すると発表しました。

※EV販売比率の義務付けは毎年上昇し、2025年に28%、2030年に80%としているが、最近英国政府が見直しを示唆。

ロイターは業界アナリストの「自動車業界はほぼ完璧な嵐(almost perfect storm)の中」という発言を引き、タバレス氏の後継に誰がなっても舵取りは大変と見ています。ドイツ工場の閉鎖検討などコスト削減で苦闘するVWをはじめとしたドイツメーカーに加え、ステランティスも巻き込んだ嵐は、経営不振が表面化した日産など日本メーカーにも影響を与えていることは言を俟ちません。

画像: 2022年のパリモーターショーでマクロン仏大統領を迎えるタバレスCEO。タバレス氏は降板したが、自分の指名した内閣が3カ月で崩壊した大統領は踏みとどまれるか。

2022年のパリモーターショーでマクロン仏大統領を迎えるタバレスCEO。タバレス氏は降板したが、自分の指名した内閣が3カ月で崩壊した大統領は踏みとどまれるか。

取引先やディーラー、労働組合、政府などあらゆる関係者に対し強硬な姿勢で臨んできた剛腕トップの退場劇は、かつての上司で同じく「コストカッター」の異名をとったカルロス・ゴーン氏の失墜と重なります。

タバレス氏辞任を受けて、取締役会会長でフィアットグループの若き総帥であるジョン・エルカン氏は、自身を議長とする暫定執行委員会を設置し、この1年以内に職を離れた米国の販売責任者らを復職させるなど急ピッチで立て直しに乗り出しており、販売店も歓迎の意を表しています。実際に米国の販売も10月から上向いている模様です。

取締役会が猫の首に鈴を付ける役割を果たし、タバレス統治の手仕舞いを早めたステランティスが、各ステークホールダーの信頼を取り戻せれば、反転へのきっかけを掴むことができるかもしれません。(了)

●著者プロフィール
丸田 靖生(まるた やすお)1960年山口県生まれ。京都大学卒業後、東洋工業(現マツダ)入社。海外広報課、北米マツダ(デトロイト事務所)駐在をへて、1996年に日本ゼネラルモーターズに転じ、サターンやオペルの広報・マーケティングに携わる。2004年から2021年まで、フォルクスワーゲングループジャパン、アウディジャパンの広報責任者を歴任。現在、広報・コミュニケーションコンサルタントとして活動中。著書に「広報の極意−混迷の時代にこそ広報が活躍できる」(2022年ヴイツーソリューション)がある。

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