ストライキ突入は不可避か
工場閉鎖の対象としては、かつてカルマンギアなどの少量生産モデルを生産し、現在はポルシェ・ケイマンやVW T-Roc カブリオレなどを生産するオスナブルック工場(従業員2,300人)や、かつてVWのフラックシップセダン「フェートン」を生産していたドレスデンのガラスの工場(従業員340人、現在はID.3を生産)などが従来より噂に上りましたが、年間20万台以上の生産能力のあるエムデン工場(8,000人)や、VWブランドコアグループの工場が多いニーダーザクセン州内のカッセルやブラウンシュバイク、ザルツギッターなどの大規模なコンポーネント工場も閉鎖の対象になっている可能性があります(会社側も組合側も閉鎖対象になっている工場名は明らかにせず)。
昨年度より減少するとはいえ、今年度180億ドル(約3兆円)の営業利益を見込む状況で、このような大規模な人員削減を組合が簡単に了承するはずもなく、12月にストライキに突入する可能性も十分あります。経営側からすれば、第3四半期の利益率がわずか2.1%のVWブランドが、ポルシェやランボルギーニなどの高級ブランドを要するVWグループの業績の足を引っ張っており改善必至となりますが、VWブランドには、ドイツ国民にビートルやゴルフといった良質な小型車を手頃な価格で提供し、ドイツを代表するグローバルブランドとして同国の雇用や経済を牽引してきた歴史と自負があります。議決権の過半数を握るポルシェやピエヒなどの創業家や17%の株式を持つカタール政府ファンドなどの大株主の利益を超えた社会的な存在意義をドイツ国民も認めています。
もちろん、経営者もそのことは十分理解した上での今回の厳しいリストラ計画であり、アンテリッツCOOは「VWの未来を確かなものにするために、ドイツ工場の生産コストを引き下げてVWブランドが6.5%の利益率を確保することは必須だ」と何度も繰り返しました。しかし、掲げているブランド別の利益率目標の正当性や、リストラの痛みを株主と経営陣と従業員でどのように分担するのかという点で、労組を納得させることができるかどうか。単に利益率や配当率が競合他社より劣っているとか、EVやソフトウェア投資の余力が足りないといった一般論では、監査役会で半数を占める労働組合代表や20%の議決権を握るニーダーザクセン州政府を説得することは容易ではないでしょう。
中国車の台頭やSDV(ソフトウェア定義の自動車)への移行で、ドイツ自動車産業が激震に見舞われており、構造改革が待ったなしなのはメルセデス・ベンツやポルシェの動向を見ても明らかです(好調に見えたBMWも、ブレーキシステム不良による150万台のリコールや中国販売の減速などを理由に、9月に今年度の利益率の見通しを6〜7%に引き下げました)。今回のVWの問題は、社会民主主義的なドイツの企業経営モデルそのものの行方を左右する事象として、ドイツ産業界を揺さぶることになりそうです。
現地の報道によれば、10月30日の団体交渉後、VW側の交渉責任者が記者会見を行い、賃金の10%削減や特別ボーナスの廃止などで労務費削減目標を合意できれば、工場閉鎖は回避する道はあると発言しました。11/21の次回交渉で合意が形成できれば、12月からのストライキは回避できる可能性があります。(了)
●著者プロフィール
丸田 靖生(まるた やすお)1960年山口県生まれ。京都大学卒業後、東洋工業(現マツダ)入社。海外広報課、北米マツダ(デトロイト事務所)駐在をへて、1996年に日本ゼネラルモーターズに転じ、サターンやオペルの広報・マーケティングに携わる。2004年から2021年まで、フォルクスワーゲングループジャパン、アウディジャパンの広報責任者を歴任。現在、広報・コミュニケーションコンサルタントとして活動中。著書に「広報の極意−混迷の時代にこそ広報が活躍できる」(2022年 ヴイツーソリューション)がある。