クルーズは事業化を急ぐあまりに安全性を軽視していた?
サンフランシスコ市全域で24時間のロボタクシーの課金営業がクルーズとウェイモに許可された直後の今年8月にも、クルーズは消防車と衝突したため、同市の苦情を受けたDMVが運行台数を半減するように指示していました。この全面許可以降、わずか2カ月の間に、自動運転車の引き起こしたトラブルが75件以上あるとサンフランシスコ市の消防局長はCNBCの記者とのインタビューで語っています。
これ以外にも、ヘッドライトをつけずに夜間走行して警察に停止させられたり、救急車の進路を妨害したり、道路工事中のアスファルトに嵌ったりするなど、無人のロボタクシーが公共の安全に抵触する事例が後を立たないというのが、市側がロボタクシーの稼働台数や区域を限定するように主張してきた背景にあります。
クルーズはWaymoに比べて事業の拡大を急いでいました。その背景には株主のGMが今年第3四半期だけで6億ドル(900億円)の赤字を計上する状況から早期に収益を上げる事業に転換したい焦りがあるでしょうし、猛スピードで走り続けるというシリコンバレーメンタリティーもあるようです。先のスミス教授も、「シリコンバレーは、“Hype or perish(狂乱か消滅か)”の世界で、世に出さなければ資金が続かず潰れる。出しても失敗して潰れるという恐怖。どうせなら出して潰れたほうがいいといった風潮さえある」と述べています。
ちなみにクルーズのCEOである38歳のカイル・ヴォクト(Kyle Vogt)氏も典型的なシリコンバレーの申し子のような人物で、2013年に起業したクルーズを2016年にGMに売却。クルーズを2025年に10億ドル(1500億円)を売上げるビジネスにすると意気込み、今年春には事業は技術確立のフェーズからビジネスとして拡大する段階に入ったと述べています。ニューヨークタイムズ紙は11月3日の記事で、クルーズの現社員と元社員ら5名をインタビューした中で、「安全より事業の展開のスピードを重視するテック企業の文化がある」と証言していると伝えています。
より慎重な歩みのWaymo(ウェイモ)
2009年から自動運転車(ドライバー付き)の公道走行を開始して既に5世代目の車両を運用するウェイモは、もう少し慎重な歩みを見せており、安全性についても、「いかなる状況下でも理想的な(ideal)ドライバーが運転するように操作するクルマを求めている(スミス教授)」ようです。
クルーズはホームページを見ても、ミシガン大やヴァージニア工科大との共同調査で人間より75%以上安全という数字を示したりしていますが、技術的なスペックなどの情報は乏しく、その点、センサーの種類や数なども詳説しているウェイモに比べて秘密主義だともいえます。
ウェイモがアリゾナ州フェニックスとサンフランシスコを加え、今後ロサンゼルスとテキサス州オースティンに展開するにも慎重なステップを踏んでいるのに対して、後発のクルーズは、今年になってこれまでのサンフランシスコとフェニックスの2都市から一挙に15都市に急激に拡大しつつあります。ウェイモは2020年秋に、クルーズは2021年11月にドライバーレスのロボットタクシーの許可を受けており、両者とも累計走行距離は100万マイルを超えていますが、クルーズは2025年に10億ドルを売上げ、2030年に100万台の車両を走らせるとの壮大な目標を掲げ、GMも「オリジン」の量産化を開始して事業の拡大(“Scale”)に注力していることは明らかです。
自動運転の社会実装は事故を減らすのが目的なので、AVは人間の運転よりも安全だというデータを第三者との共同調査によって示すのは結構なことです。しかし、ヴォクトCEOのインタビューを見ても、全体として事故が減るのは明白だから個々の「極端な例(edge case)」に足を取られたくない、という意識が透けて見える気がします。
スミス教授は、「技術は失敗しうるが、企業はそれと共に没落する必要はない(Technology can fail but company does not need to fail)」のであり、「一般社会は自動運転がまだ未熟な技術だと理解しているのだから、技術的瑕疵があったことを認めて、その改善の道を示していくことこそが、信頼を得る筋道である」と説いています。