先行受注は2025年前半から開始
2023年の新年が明けてすぐに米国・ラスベガスで開催された世界最大級のIT家電見本市「CES2023」において、ソニー・ホンダモビリティは電気自動車(EV)の新ブランド「AFEELA」を発表し、同時に開発を進めるその第一号モデルのプロトタイプを披露した。
IT系家電メーカーと自動車大手がタッグを組んで開発するEVへの注目度は高く、従来の自動車メーカーとは違った新しい風を吹き込むのではないかと期待する声も大きい。一方で、電動化へ向けたライバルたちは欧米だけでなく新たに中国勢も加わり、今後の道のりは決して平坦ではないことは明らかだ。両社の協業に果たして勝算はあるのだろうか。
振り返ること3年前の2020年、ソニーは同じ会場でEVプロトタイプ「VISION-S」を発表して世界をアッと驚かせた。それから毎年、ソニーはプロトタイプの更新を行い、昨年のCES 2022ではついにソニーグループの会長兼社長CEO(当時)が「EVの販売を検討する新会社設立」に言及。そこから状況は大きく動き始めた。
ソニーとホンダが50%ずつ出資し合って新会社を設立したのは2022年3月。同年10月には新会社設立の発表会を実施し、ここでCES2023において新たなEVに関する何らかの発表を行うことが示された。
そして、ソニー・ホンダモビリティは約束通りCES2023の場で今後の具体的なロードマップを発表した。それは、第一号モデルの先行受注を2025年前半から開始し、同年中にも発売を開始。納車は2026年春に北米から順次行うというもの。いよいよ日本発のEVメーカーが動き出したのだ。
まだ手の内は見せられないということか
ただ、披露されたプロトタイプを前にしてその評価は決して芳しいものではなかったのも確かだ。思ったよりもデザインが平凡で際立った部分が見受けられないとの声が少なくなかった上に、ソニーが手掛けるエンタテイメント性をどうクルマに反映させるのか、その具体的なサービスもほとんど見えてこなかったからだ。
一応、CES 2023で披露されたプロトタイプでは、ダッシュボードの左右いっぱいに広がるディスプレイや360 Reality Audioによる立体音響システムの採用はあったが、これはソニーが発表してきた「VISION-S」でも搭載していたものであり、特に目新しいものではない。強いて言えば、新たなインフォテイメントシステム「メディアバー」の搭載が目を引いたくらいだ。
正直言えば、これらを搭載しただけでの電動化で並み居るライバルと違いを見出すのは難しい。ソニーとホンダの異業種の協業によって生まれた新ブランド「AFEELA」であるからこそ、そられとは異なる、たとえばソフトやコンテンツ、ハードとの融合に期待する声は大きいのだ。もちろん、発売まであと3年ある中でまだ手の内は見せられないということかもしれないが、この発表に少々肩透かし感を食らったのは私だけではないはずだ。
ソニーグループの吉田憲一郎氏は、「(ソニーは)クルマの移動空間を新たなエンタテインメントの『感動空間』に変える」と、かねてより発言していた。この背景には乗用車の自動運転レベルが上がれば上がるほど、ドライバーは運転する義務から解放されていくことがあると思われるが、前述したようにこれだけでライバルとの差別化を目指すのは難しい。
クアルコムのSoCで可能になる世界がある
そこで考えられるのが、ソニーがこれまで手掛けてきた映画や音楽、ゲームといったコンテンツを楽しむだけでなく、それ以上の何らかのコンテンツやサービスを提供しようとしているのではないか、ということだ。
そのカギとなりそうなのがCES2023の発表の場で発表された「Epic Games(エピックゲームズ)」との提携だ。同社は全世界で3億5000万人が遊ぶ「FORTNITE(フォーナイト)」を提供するゲーム会社だ。その会社を技術面で率いる同社CTO(最高技術責任者)キム・レプレリ氏がAFEELAの発表の場に登壇。そこでレプレリ氏は、ゲームの世界と同様、自動車の移動空間がほかの自動車ユーザーとつながる近未来の姿を提示したのだ。
レプレリ氏はその場でAFEELAから搭乗する車両に同社のゲーム開発ツール「アンリアルエンジン」を活用するプランを示し、「最新の自動車に搭載されるセンサーはリアルタイムで運転や移動体験を把握できる。アンリアルエンジンを使えば、それを可視化して直感的かつ写実的に映し出せる」と説明。ドライブに参加してなくても、一緒にドライブしているようなシーンを再現できるとしたのだ。
そして、それを実現可能にするのが米国カリフォルニア州に本社を置くQualcomm(クアルコム)が開発したSoC(システム・オン・チップ)「Snapdragon Digital Chassis(スナップドラゴン・デジタル・シャシー)」だ。
自動車の考え方を根本から変える発想が求められる
これはスマートフォン向けとして開発されたSnapdragonをベースとしたものだが、同社は近年、これを様々な分野へ横展開する取り組みを始めている。特にコネクテッド化が進む自動車向けを次世代に向けた有望市場として捉えており、すでにボルボやホンダ、ルノーなども相次いでこの採用を決めていることでも知られる。
そのSoCの演算性能は800TOPS(毎秒800兆回)以上となる見通しで、同じくAFEELAの発表の場に登壇したクアルコムの社長兼CEOを務めるクリスティアーノ・アモン氏は「自動車はますますコネクテッド化とインテリジェント化が進んでおり、自動車における体験も変化している。Snapdragon Digital Chassis は、次世代のソフトウェアデファインドな車両の基盤として、新しいモビリティ体験とサービスを実現する」と述べた。
ソニー・ホンダモビリティはこうした心強い援軍を従え、新たなエンタテイメントとして展開し、従来の自動車メーカーにはなかった新しい世界観を提供しようとしているのではないか。次世代車の開発競争はグローバルを相手に激化する一方だ。それだけに自動車の考え方を根本から変える新たな発想こそが求められているのは間違いない。ソニー・ホンダモビリティはここに勝機を見出そうとしているのではないだろうか。(第4回へ続く)
●著者プロフィール
会田 肇(あいだ はじめ)1956年、茨城県生まれ。大学卒業後、自動車雑誌編集者を経てフリーとなる。自動車系メディアからモノ系メディアを中心にカーナビやドライブレコーダーなどを取材・執筆する一方で、先進運転支援システム(ADAS)などITS関連にも積極的に取材活動を展開。モーターショーやITS世界会議などイベント取材では海外にまで足を伸ばす。日本自動車ジャーナリスト協会会員。デジタルカメラグランプリ審査員。