去る2024年11月26日から数日間、トヨタが次世代EVの発売を当初計画の2026年から2027年半ばに延期するというニュースが流れた。延期される次世代EVは、ジャパンモビリティショー2023で公開されたコンセプトカー「レクサス LF-ZC」がベースとなるトヨタ初の本格SDVである。延期の原因としてEV市場の沈滞を指摘する記事が多かったが、果たしてそれだけなのだろうか。気になるのは車載OS「Arene(アリーン)OS」の進捗だ。(タイトル写真:レクサス LF-ZCのコクピットイメージ)

市場動向を見極めるための時間調整との指摘が多いが・・・

「トヨタが次世代EVの生産を2026年から2027年半ばに延期へ」。去る2024年11月26日から27日にかけて、新聞やテレビを始め各メディアが衝撃的なニュースを報じた。ひととおり各媒体の記事に目を通してみたが、ほとんどが「沈滞しているEV市場の動向を考慮した調整である」と分析している。

トヨタからの公式発表ではないため詳細は不明だが、生産の開始時期に関して検討に入っているのは間違いなさそうだ。単に投入のタイミングを見計らっているだけならともかく、実際にはもっとさまざまな事情が絡み合っていると思えてならない。

なかでも気になるのが、トヨタが自社開発を進めている車載OS(基本ソフト)「Arene(アリーン)OS」の進捗状況である。世界中で熾烈な開発競争が起きているSDV(Software Defined Vehichle)において、アリーンOSはトヨタが次世代自動車の覇権をとるためのコア技術となるべく開発が進められている。

本題に入る前に、今回、生産開始の延期が報じられた次世代EVについて、すでに公表されている情報をまとめて紹介しよう。

「BEVハーフ」を掲げてクルマ作りに必要な時間を半分に

この次世代EVに採用される技術は、すでにその多くが公開されている。2023年秋に開催されたジャパンモビリティショーに出展されたコンセプトカー「レクサス LF-ZC」はそのショーケースであり、2026年に発売する計画も発表済みだった。採用される代表的な新技術群のなかから、いくつかポイントを抜き出してみたい。

画像: 2023年のジャパンモビリティショーで世界初公開された次世代EVのコンセプトカー「レクサスLF-ZC」。

2023年のジャパンモビリティショーで世界初公開された次世代EVのコンセプトカー「レクサスLF-ZC」。

●「次世代バッテリー(パフォーマンス版)」:角型の高エネルギー密度バッテリー。航続距離を従来型NMCバッテリーの2倍、航続距離も2倍の1000km、急速充電速度は20分以下と最高水準を実現しながら、生産コストは20%減を見込む。

●「小型eAxle」:モーター、インバーター、ギア類を一体化したeAxle。さらにモーター本体も現行型HV車より約40%、ギア類も約53%、インバーターも約58%、それぞれ小型化に成功したと発表された。

●「新モジュール構造とギガキャスト」:車体のアンダーボディをフロント、センター、リアに3分割したうえ、フロントとリアにギガキャストによる鋳造一体構造を採用。センター部分はバッテリーが構造部材を兼ねるいわゆる「セル to シャシー(CTC:Cell to Chassis)」だ。センター部分を独立したモジュールとすることで、バッテリーの進化を素早く取り込むことができる。

●「自走式生産ライン」:上記3つの組み付けが終わった車台は、リモートコントロールによって次の工程まで工場内を自走して移動する。自動車工場のベルトコンベア式のラインはもはや存在しない。

画像: 従来比2倍の高エネルギー密度を誇るハイパフォーマンスバッテリー、一体成型ギガキャストの前後アンダーボディほか数々の次世代技術を採用。

従来比2倍の高エネルギー密度を誇るハイパフォーマンスバッテリー、一体成型ギガキャストの前後アンダーボディほか数々の次世代技術を採用。

ほかにも数々の新技術が採用されるが、誤解を恐れずに言えば自動車会社として知見を活かせば不可能なことではない。世界ナンバーワンのトヨタ自動車ならば、スケジュールどおり仕上げることは可能だろう。ならば、発売延期は開発の遅れではなく、単なる調整に過ぎないのかも知れない。

画像: 「クルマ屋の作るBEV」を合言葉にパワートレーンから生産工程まですべてを一新。

「クルマ屋の作るBEV」を合言葉にパワートレーンから生産工程まですべてを一新。

アリーンOSの凄さはその拡張性と柔軟性にあるが開発のハードルは高い

気になるのは自動車メーカーとして未知の領域、すなわちソフトウェアプラットフォームであり車載OSであるアリーンOSの進捗状況だ。車載OSの開発には、莫大な資金とマンパワーが必要なだけでなく、根本的にカルチャーが異なる世界の統合作業が求められる。

自前の車載OS開発は世界中のメジャープレイヤーが取り組んでいるが、先行していたはずのフォルクスワーゲンは苦戦しており、度重なる計画変更を余儀なくされている。アリーンOSの開発も子会社の「ウーブン・バイ・トヨタ(WOVEN by TOYOTA)」が主導しているが、成熟産業たる自動車メーカーが新たな専門技術を統合することの難しさに悪戦苦闘しているのではないかと気を揉む。

アリーンOSが目指しているのは、たとえば、スマホでお馴染みのAndroidのような仕組みだ。AndroidはオープンソースのLinuxをベースに開発されているが、サードパーティが参入しやすいようにアプリの開発キットも公開している。アリーンOSにおいても、性能と拡張性などの基本的なオペレーション機能はトヨタが担保したうえで、ほかの自動車メーカーが手を加えたりサードパーティが新たなアプリの開発ができるように開発キットを公開するという。つまり、アリーンOSは自社SDVの範疇に収まらない、拡張性と柔軟性を併せ持っている。

画像: アリーンOSはクルマの頭脳にあたる。その作りこみをしっかり行っておけば、さまざまな機能が後付けできる。

アリーンOSはクルマの頭脳にあたる。その作りこみをしっかり行っておけば、さまざまな機能が後付けできる。

ちなみにテスラは完全な垂直統合であり、自社のプロダクト以外への展開はない。ひとくちにSDVと言っても、その方向性や将来性は大きく異なる。ここにトヨタの勝機があるはずだ。

アリーンOSの発表/開発キットの公開は2025年に設定されており、いまのところ計画に変更はない模様だ。とはいえ、本格的に展開するにはサードパーティの開発時間も考慮して遅くとも2025年末までには公開されなければならないだろう。

2025年春にはメルセデス・ベンツが、同年後半にはBMWが自前の車載OSを搭載したSDVを投入する。今回の生産開始の延期理由がアリーンOSの開発に起因するものではなく、単なる「EV市場の沈滞」であればよいのだが。

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