2024年11月5日の米国大統領選挙の結果、ドナルド・トランプ氏が130年ぶりに2期目の防衛に一度失敗した後に大統領に返り咲くことになりました。選挙当日まで、鍵となるスウィングステートを含めて民主党候補のハリス副大統領との大接戦が予想されましたが、蓋を開ければ、ペンシルベニア州やミシガン州などかつて「青い壁(ブルーウオール)」と言われた民主党の牙城を含め7州全てで3ポイント前後の差をつけて勝利しました。隣国メキシコを含め外国からの輸入品に高関税をかける、EV購入支援策を廃止すると主張しているトランプ氏の第2次政権で米国はどのように変化するのでしょうか(タイトル写真は大統領選挙の勝利宣言に登壇したトランプ氏とメラニア夫人。Foxニュース配信動画より抜粋)

CO2排出規制は緩和になるのか

もう一つ焦点はCO2排出規制です。今年4月に米国環境保護局(EPA)は2027〜2032年の温暖化ガス排出基準を決定しましたが、これは乗用車などのライトビークルで2032年に2026年比で56%の削減を求めるもので、1マイル走行あたり85g/マイル(53g/km)と非常に厳しく、販売の半分以上をEVにしないと満たすことは困難です。

HEVやPHEVも一定量を想定していますが、「中心的なシナリオ」では2032年に56%をEVと見込んでいます。これには自動車メーカーの業界団体(AAI*)や全米自動車販売店協会(NADA)も高すぎる目標だと依然として懸念や反対を表明しています。GMやフォードなどの自動車メーカーも、EV販売の伸び悩みでEV投資を後ろ倒しし、新たにHEVやPHEVの開発に着手しています。トランプ政権がCO2規制を緩和したり後ろ倒しすれば、日本の自動車メーカーにとっても好ましいことでしょう。但し、規制変更には手続きを踏む必要があり2年近くかかる見込みです。*Alliance for Automotive Innovation

加州のゼロエミッション(ZEV)法は廃止?

規制でもう一つ焦点になるのは、カリフォルニア州のZEV規制です。深刻な大気汚染に苦しんだ加州のZEV法は、2005年から販売規模に応じて順次自動車メーカーに一定数のゼロエミッション車の販売を義務付け、これに対応できないメーカーはテスラなどからクレジットを買うなどしてきました。2025年(2026モデルイヤー)からは新たなフェーズに入り、35%のZEV※の販売が必要になります。北米トヨタCOOのジャック・ホリス氏は、トランプ再選後のメディア会見で、「国中どこを見回しても、消費者がそれほどの量のEVを欲している場所はない」と法律と現実の乖離を指摘しています。※一定のEV走行距離を満たすPHEVも20%までカウント可。

ZEV規制は東部のブルーステートを含め計17州で採用されており、ステランティスなどはこれに対応するためにエンジン車の供給を絞るなどしてきた経緯があります。加州に連邦政府とは異なる排ガス規制を許している事を前トランプ政権は問題視しこの特権を剥奪しましたが、バイデン政権下のEPAで再び容認されました。第2次トランプ政権で再び剥奪され、万一ZEV規制がなくなれば、2つの基準の存在を従来から問題としてきた自動車メーカーにとっても大きな戦略変更を意味するでしょう。しかし、これも法廷闘争に持ち込まれて時間がかかるのは必至で、4年後にまた民主党政権になれば再び覆されそうです。

画像: 加州のZEV規制に対応するため2015年〜2021年に自動車メーカー間で移転されたZEVクレジット。テスラが圧倒的に保有しトヨタなどに販売している。(CARB=カリフォルニア大気資源局のHPより転載)

加州のZEV規制に対応するため2015年〜2021年に自動車メーカー間で移転されたZEVクレジット。テスラが圧倒的に保有しトヨタなどに販売している。(CARB=カリフォルニア大気資源局のHPより転載)

最後に、トランプ氏の再選は2035年にエンジン車の販売を禁止したEUにも影響を及ぼしそうです。欧州のEV販売の減速は顕著であり、欧州自動車工業会(ACEA)は2026年からのCO2排出基準の厳格化を延期するよう要請しており、ハンガリーやポーランドに加えてイタリアもメローニ首相が2035年エンジン車禁止の見直しを求めました。EV転換へのリーダーであったはずのドイツはEV購入補助金を再開できず、VWやメルセデスも工場閉鎖やEV戦略の見直しに直面しています。

次期トランプ政権の4年は自動車メーカーには天恵?

市場を見る限り、EV購入者はまだアーリーアドプターの域に止まっています。アーリーマジョリティーが選択するようになるには、購入価格がエンジン車と同等になり、充電インフラが整い、燃料代やメンテナンスコストはむしろ安いという経済性がしっかり認知されることが必要です。

テスラは25,000ドルの廉価EVの導入を放棄したと最近報じられていますが、VWやルノー、ステランティスなどはこの価格帯のEVを1〜2年以内に出してきます。米国でも高価な大型ピックアップEVで市場を切り開こうとしたフォードは、25,000ドルのEVを開発中で、GMもコンパクトSUVのイクイノックスEVを34,995ドルで発売しました。 今後4年のトランプ政権でEV化のスピードが抑制され、2030年の米国のEVシェアが25〜40%程度に留まることも想像されますが、将来のモビリティの主体はEVに移行するというヴィジョンはほとんどの自動車メーカーが共有しています。

世界最大市場の中国のEVやPHEVへのシフトのスピードは凄まじく、EV電池トップのCATLが開発した10分で400キロ分充電でき航続距離1,000キロ以上の麒麟電池や神行電池が既に量産車に採用されています。気候変動対策を重視する欧州の脱炭素化が中断するとは思えず、今後も現実に照らしつつ進んでいくでしょう。エレクトリックモビリティへの到達を少し急ぎすぎた反省を持って、一層の技術革新に励み、EVの社会受容に取り組んでいくとすれば、トランプ政権の復活は自動車産業に時間を与え、EV化ロードマップを堂々と軌道修正するエクスキューズになるかもしれません。(了)

●著者プロフィール
丸田 靖生(まるた やすお)1960年山口県生まれ。京都大学卒業後、東洋工業(現マツダ)入社。海外広報課、北米マツダ(デトロイト事務所)駐在をへて、1996年に日本ゼネラルモーターズに転じ、サターンやオペルの広報・マーケティングに携わる。2004年から2021年まで、フォルクスワーゲングループジャパン、アウディジャパンの広報責任者を歴任。現在、広報・コミュニケーションコンサルタントとして活動中。著書に「広報の極意−混迷の時代にこそ広報が活躍できる」(2022年 ヴイツーソリューション)がある。

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