2024年6月12日、欧州委員会(European Commission)は中国政府の補助金を受けた中国製EVが欧州での公平な競争を妨げ、欧州メーカーに被害を与えているとする調査の仮決定を発表し、17.4%から38.1%の追加関税を7月4日から課すと発表しました。これに対して、BMWやVWなどのドイツ自動車メーカーは、「関税の応酬は世界の貿易にマイナス」、「EVの需要減速時にさらなる打撃」といった反対声明を発表し、ドイツ政府もこれに同調しています。今回の調査の黒幕はフランスという見方もありますが、そのフランスもルノーは中国製EVを欧州に輸入しており、ステランティスも中国のリープモーター(零胞汽車)と提携を発表し、同ブランドの車を秋から販売します。今回の追加関税は一体誰のためなのでしょうか。(写真は、昨年72,000台を販売し欧州EV第4位に躍進したMG4)

中国EV追加関税にEUは総論賛成?

今回の追加関税の根拠として「政府の補助金により中国製EVが不当に安く販売されて公正な競争を阻害している」ことをどう証明できたのかは、7月4日までに欧州委員会が発表するという詳細を見てみないとわかりません。昨年10月の拙稿では、MGやBYDの製品が欧州では中国市場の2倍近い値段で販売されていることから、補助金による価格ダンピングを立証するのは難しいのではと書きました。中国製EVの欧州での販売は2023年に30万台(シェア20%)と急激に伸びていますが、その6割はテスラ、ダチア(ルノー)、ポールスター、BMWなどの欧米ブランドの逆輸入車です。シェア拡大の事実を持って被害認定して「クロ」と結論づけるとすれば、かなり強引なロジックだといえます。

それでも追加関税に踏み切った理由は、廉価な中国製太陽光パネルで域内産業が壊滅した経験に鑑み、基幹産業である自動車を死守するというEU内の大枠の合意があるということでしょう。特に、小型で低価格なクルマが主流のフランス、イタリア、スペイン、東欧諸国などは中国製EVの氾濫によって、自国の自動車産業や雇用が痛むことを恐れているのは想像に難くありません。一方、GDPにおける輸出比率が40%と高く、自国の自動車産業が中国に深く根を下ろしているドイツは、自由貿易と経済の相互主義の建前を堅守し、大排気量のエンジン車に対して仄めかされた報復関税を和らげたいと考えています(ドイツ政府は、今回の決定を覆すとは言わずとも緩和するために、中国政府との直接交渉を含む手段を講ずると表明したと、ブルームバーグ通信などが報じています。)

このように、今回のEUの相殺関税は国力や経済事情の異なる多数の国を一括りにしたEUという政治連合体の通商政策の複雑さ、難解さを示しています。

画像: 中国EVへの相殺関税を決めたEU委員会のウルズラ・フォン・デア・ライデン議長は、中道右派のCDU(ドイツキリスト教民主同盟)の出身。同党は今回の関税に反対している。

中国EVへの相殺関税を決めたEU委員会のウルズラ・フォン・デア・ライデン議長は、中道右派のCDU(ドイツキリスト教民主同盟)の出身。同党は今回の関税に反対している。

短期的には中国車の勢いをくじく

さて、今回の仮決定は7月4日から発効しますが(実際には供託金などを積む形となり、徴税開始は11月の正式決定以降となる)、実際どのような影響を及ぼすでしょうか。まず、一番影響を受けそうなのが、昨年33万台を販売し、英国を足がかりにMG4やMG ZSのEVが急速に販売を伸ばしているSAIC傘下のMGです。同ブランドは、2万〜3万ユーロ代という比較的廉価な価格帯で顧客を獲得してきました。コスト競争力があるといっても、計48.1%の関税の影響は避けられないでしょうが、SAICは以前から欧州内生産を検討しており、今回のEU発表直後に現地生産の意向を改めて表明しており、欧州市場のプレーヤーの一員として今後も成長していきそうです。。

Geelyは、最新のボルボEX30とポールスター全車種、メルセデス・ベンツとの合弁のスマートなどを中国で生産し欧州に輸入していますが、このうちEX30は来年ベルギーの工場に生産移管する予定で、影響が大きいのはポールスターとスマートです。ポールスターは昨年36,000台、スマート28,000台の販売でこれから新モデルを次々に導入するタイミングなので、生産拠点の変更などを迫られるかもしれません。

世界のトップメーカーリーグへの野心が明白なBYDは、欧州販売を本格化したのは昨年からですが、既にハンガリー工場の建設に着手しており2025年内にも稼働する予定です。調査にも協力し、補助金の割合も少ないという判断から最も少ない17.4%の追加関税となっています。同社の製品はAtto3がドイツで37,990ユーロと、中国価格(11.98万元〜14.78万元)の倍以上で販売されており、関税アップ分を吸収する余地は十分にありそうです。やがては欧州でシェア10%を目指すBYDの戦略への影響はないと思われます。

画像: BYDは先週末始まったサッカーの2024 UEFA欧州選手権のメインスポンサーになっておりブランド認知向上にも投資する。

BYDは先週末始まったサッカーの2024 UEFA欧州選手権のメインスポンサーになっておりブランド認知向上にも投資する。

その他では、中国5大自動車メーカーの一つに数えられる奇瑞汽車(チェリー)も、スペインバルセロナのかつての日産工場を取得した現地メーカーと提携して今夏から生産を開始します。一方、Oraブランドなどで欧州進出を本格化していた長城汽車が、3年前に設立したミュンヘンの欧州事務所を今年8月で閉めて100人を解雇すると発表しました。同社は、EV需要が減速し競争も厳しくなっている欧州にこれ以上投資しない判断を下したようです。

中国内で高級EVブランドのイメージを確立し、第2ブランドのオンヴォ(ONVO)を5月に発表したNIOは、ドイツにR&Dセンターやデザインセンターを開設しており、バッテリー交換ステーションの設置も始めています。昨年の欧州販売はまだ2,400台ですが、同社や、VWの出資を受けドイツやフランスで販売を始めたシャオペン(小鵬汽車)が、今回の措置にどう対応するのかが注目されます。

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