2024年4月10日(日本時間)、米国主導で進む国際宇宙探査計画「アルテミス」に関連し、日米両国は「与圧ローバによる月面調査の実施取決め」に署名した。文書には明記されていないものの、この与圧ローバとはトヨタ主導で開発が進む “ルナクルーザー(LUNAR CRUSER)”のこと。つまり、ルナクルーザーが月面を走ることが正式に決定した。自動車史の新たな一歩となるルナクルーザーの現在の開発状況をお伝えしよう。

前人未到の世界をオールジャパンのクルマが走る

“ルナクルーザー(LUNA CRUISER)”は愛称であり、正式には「有人与圧ローバ」と呼ばれる。「ローバ」とは月面走行車のことであり、「有人与圧」とは車両の内部を人に適した気圧に保つことで宇宙服を着ることなく活動できるというものだ。

2019年3月、JAXA(宇宙航空研究開発機構)とトヨタは、「与圧有人ローバ」の共同研究の検討を行っていることを初めて公表した(概念検討は2018年5月より開始)。その開発はJAXAとトヨタが主導しながら、三菱重工業やブリヂストンほか数多の日本企業が参画するオールジャパン体制で取り組まれている。

画像: 2019年発表時のルナクルーザー初期型デザイン案。現在は本記事タイトル画像のデザインに更新されているがボディサイズは変わっていない。

2019年発表時のルナクルーザー初期型デザイン案。現在は本記事タイトル画像のデザインに更新されているがボディサイズは変わっていない。

当時(2019年3月発表時)のコンセプト案によると、ボディサイズは全長6.0m×全幅5.2m×全高3.8mでマイクロバス約2台分相当の大きさ。居住空間は13立方メートルで、4畳半のワンルームほどだ。2人の宇宙飛行士がおよそ30日間滞在可能で、緊急時には4人まで居住可能な「タイヤ付きの宇宙船」とされた。

そのコアとなる技術は4つ。再生型燃料電池(RFC)、オフロード走行性能、オフロード自動運転、そしてユーザーエクスペリエンス(UX:居住性、視認性、操作性など)だ。

持続可能な水素社会の実現につながるRFC

再生型燃料電池は、RFC(Regenerative Fuell Cell)と呼ばれる燃料電池技術。月では昼と夜間がそれぞれ14日間続く。昼間のうちに太陽光発電による電気によって水を水素と酸素に分解して貯蔵、夜間には貯蔵した水素と酸素を反応させ燃料電池として発電を行う(同時に水を生成)。

画像: 月面では昼と夜がそれぞれ14日間も続く。そこで昼間は太陽光発電による電気で水を水素と酸素に分解してそれぞれ貯蔵、夜間は貯蔵した水素と酸素を反応させて燃料電池として発電を行う。

月面では昼と夜がそれぞれ14日間も続く。そこで昼間は太陽光発電による電気で水を水素と酸素に分解してそれぞれ貯蔵、夜間は貯蔵した水素と酸素を反応させて燃料電池として発電を行う。

画像: ボディサイズを上回るような大型のソーラーパネルを備える。

ボディサイズを上回るような大型のソーラーパネルを備える。

この技術サイクルが確立されれば、地球上でも持続可能な水素社会・循環型の生活の実現につながる。ルナクルーザー開発の過程では、こんな画期的技術も研究・開発されているのだ。

ランクルで培ったノウハウで道なき道を走破

オフロード走行性能については、トヨタ・ランドクルーザーで培ってきた知見が存分に活用される。そこに4輪独立インホイールモーターによる駆動制御を始め新開発の電動化技術を組み合わせ、クレーターや岩石、傾斜をものともせずに未知の月面でも安心・安全な探査を可能とすべく開発が進められている。ここで得られた知見は、地球上のあらゆる場所で安心安全に走行できる技術として還元される。

画像: あらゆる難所が予想される月面ではランドクルーザーの開発で培ってきた知見が活かされる。

あらゆる難所が予想される月面ではランドクルーザーの開発で培ってきた知見が活かされる。

また、タイヤにはブリヂストンが開発中の「オール金属タイヤ」を採用。月面は、昼間は摂氏120度まで上がり夜間はマイナス170度まで冷える。路面はサラサラの細かい砂地だ。加えて放射線が容赦なく降り注ぐ過酷な環境であり、ゴムはまったく使い物にならない。そこで、ブリヂストンが金属による特殊なタイヤの開発に取り組んでおり、現在は第2世代に進化している。

画像: 「エアフリー理論」に基づいた第2世代の金属タイヤの内部構造。打ち上げまでさらなる改良が施されるという。(画像:ブリヂストンHP.)

「エアフリー理論」に基づいた第2世代の金属タイヤの内部構造。打ち上げまでさらなる改良が施されるという。(画像:ブリヂストンHP.)

GPSが使えない状況で自動運転をするには?

オフロード自動運転も、道も地図もない月面では非常に重要な技術になる。地球上とは異なりGPSが使えない状況下でも、ルナクルーザーは自らの位置を推定し、さらに障害物や路面の勾配など周辺環境を把握して、安全に走行できる経路を策定しなければならない。

そのため、電波航法や恒星の位置から車両の姿勢を推定する(スタートラッカー)、三次元の加速度から速度や移動量を推定する慣性航法などのさまざまな課題の克服に向け新技術の開発が進んでいる。

こうした新技術は月面だけでなく、地球上でも道なき道を安全に走ることのみならず、災害時における遠隔・自動による状況確認や、危険な地域への物資輸送などへの貢献が期待できるという。

画像: GPSを使わずに自車位置を推定するとともに周囲の障害物も検知して目的地までの経路を生成する技術も開発中。

GPSを使わずに自車位置を推定するとともに周囲の障害物も検知して目的地までの経路を生成する技術も開発中。

密閉空間での快適な居住空間と操縦機能

4つめが居住性、視認性、操作性などのユーザーエクスペリエンス(UX)である。キャビンは4畳半のワンルームに匹敵するが、実際の月面探査では荒涼とした月面を1日最大8時間、6日間連続でオフロード走行する。

そんな状況下でのクルーの精神的負荷は非常に高い。作業効率や意欲の低下などを招く可能性もある。そこで、できる限り快適な居住空間と操縦機能を提供し、精神的な負荷と操作ミスを軽減・低減することに開発の主眼が置かれている。

原寸大のキャビンモックアップを製作し、さまざまな分野から検討を加え、またドライビングシミュレータも併用しながら検証を加えている。すべては安心・快適な移動のためだ。

画像: ストレスのない移動空間の設計は、地上を走るクルマにもすぐに応用できそうだ。

ストレスのない移動空間の設計は、地上を走るクルマにもすぐに応用できそうだ。

月面探査の話なんて関係ないと思いきや、実はルナクルーザーには地球上のあらゆるモビリティの進化に貢献するさまざまな要素技術が盛り込まれている。

月面への着陸および有人活動の開始時期はまだ流動的ながら、そう遠い日のことではないようだ(2029年に打ち上げ予定)。その日を目指してルナクルーザー開発はさらに加速しているが、その過程で生み出された知見や技術は、順次、我々のモビリティに反映されていくことになるだろう。

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