アメリカでは、毎年2月にNADA(全米自動車ディーラー協会)の大会が開かれます。今年も2月初めにラスベガスで、販売店や自動車メーカー、関連企業から23,000人以上が集まって展示や商談、会議が行われました。米国の自動車販売は、コロナ禍とその後の半導体不足などによる供給制限で未曾有の売り手市場となり、ディーラーでは値引きゼロやプレミアムをつけて販売することもありました。コロナが終息し、生産と供給も回復し始めた昨年後半からは販売も「平常」に戻りつつあります。値引きとシェア争いが常態だった自動車販売業界は今回の経験を経て、高い利益率を確保しつつ顧客を満足させる持続可能なビジネスに転換することができるでしょうか。(タイトル写真はNADAホームページより)

その3 販売代理店制の存続に100%自信。メーカー直販には否定的

今回、ANのインタビューを受けた販売店協会の会長らは、販売のデジタル化の流れは必然と考え、クリック&モルタルのシームレスな顧客体験を提供することには熱心ですが、欧州の「Agency」モデルのようにメーカーが顧客に直接販売して販売店は数%のコミッションを受取る制度には一様に否定的です。欧州ではMINIやアウディなどが販売店との契約を改訂し、今年から国ごとにAgencyモデルへの移行を開始する予定です。

米国にはテスラのダイレクトセールスモデルがあり、後発のEVメーカーもテスラに倣う動きがありましたが、最近はベトナムのVinFastや加州のFiskerが販売店網構築に方向転換するなど、ディーラー制度が揺らぐ兆しはありません。ヒョンデがAmazonと組んで、一部でダイレクト販売を始めましたが、あくまで販売ディーラーを補完するものだと慎重な表現に終始しています。米国では、フランチャイズ法でメーカーが直接販売することは基本的に禁止されており、テスラの販売方法も州によっては係争中です。(一方で、専売ディーラーモデルは、メーカーと販売店の既得権となり消費者に不利という議論もあります。コロナ禍と半導体不足時のメーカーの値上げによって、米国の自動車平均販売価格が5年間で33,000ドルから45,000ドルに上昇した[J.D.パワー調べ]のもその一例かもしれません。)

アメリカのディーラーは近年規模の大型化が進み、リシア(Lithia)モーターズやオートネーション、ペンスキーグループなどトップのグループはそれぞれ250以上の販売店を傘下に持ち、新車と中古車を合わせて年間50万台以上、売上は300億ドル(4.5兆円)に迫る規模です。EVへのシフトにあたり、フォードの高級車ブランド、リンカーン(2023年販売台数81,000台)は200店を、GMのビュイック(同166,000台)は全体の約半分の1000店をバイアウトして再編しつつあります。同時に、フォードは販売店のEV移行プログラムを一時延期して、年間販売台数300台以下の小規模ディーラーにも配慮するなどしています。

バイデン政権のEV化政策に全米販売店協会は「NO!」

米国の自動車販売市場は、年間1500万台、平均単価45,000ドルとするとその規模は6,750億ドル(約100兆円)で、日本の自動車メーカー9社の売上高を合わせたほどの巨大ビジネスです。金利の上昇などで減速が危ぶまれた自動車販売ですが、販売店の足腰は強靭であり、消費者の購買意欲は依然高いものがあります。顧客のニーズに応えて自動車を販売することに、責任感と誇りを持っているのがアメリカの販売業界の特徴と言えるでしょう。

AN紙による昨年の給与調査では、自動車ディーラー社員の平均年収が21万ドルという驚くべき結果でしたが、これは上級幹部のデータが多く反映されたためとしても、NADAの2年前の調査でも高級車ブランドのセールスパーソンは平均で10万ドル(1500万円)近く稼いでいます。また、販売店の多くが、従業員教育や顧客満足を大切にする企業文化を養い、長年の寄付や慈善活動などで地域社会にも貢献しています。

画像: NADAは政治的影響力も大きい。バイデン政権のEVシフトは急激すぎると米国環境保護庁のCO2削減案に反対し、5000のディーラーの署名をホワイトハウスに届けている(写真は、2024年度NADA会長のゲイリー・ギルクリスト氏)。

NADAは政治的影響力も大きい。バイデン政権のEVシフトは急激すぎると米国環境保護庁のCO2削減案に反対し、5000のディーラーの署名をホワイトハウスに届けている(写真は、2024年度NADA会長のゲイリー・ギルクリスト氏)。

パンデミック以前の値引きとシェア争いの販売には戻らず、需要と供給のバランスを保ちながら適正な利益を確保し、サステイナブルなディーラー経営が実現できるかは、製品の魅力に加え、自動車メーカーと販売店の相互理解とパートナーシップにかかっていると言えそうです。(了)

●著者プロフィール
丸田 靖生(まるた やすお)1960年山口県生まれ。京都大学卒業後、東洋工業(現マツダ)入社。海外広報課、北米マツダ(デトロイト事務所)駐在をへて、1996年に日本ゼネラルモーターズに転じ、サターンやオペルの広報・マーケティングに携わる。2004年から2021年まで、フォルクスワーゲングループジャパン、アウディジャパンの広報責任者を歴任。現在、広報・コミュニケーションコンサルタントとして活動中。著書に「広報の極意−混迷の時代にこそ広報が活躍できる」(2022年 ヴイツーソリューション)がある。

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