サイバートラックは生まれた時期を間違えた?
2019年にお披露目された当時は、その奇抜なスタイリングが賛否両論を巻き起こし、瞬く間に30万人の予約を獲得したサイバートラックですが、販売開始は約束されていた2021年から2年遅れ、価格も4万ドルを切る予定が60,990ドルからと50%以上高くなりました。遅れた間には、新型コロナパンデミックが世界で猛威を振るい、2022年2月にはロシアのウクライナ侵攻から戦争が始まり、さらに今年10月にはパレスチナで悲惨な戦闘が始まりました。こうした社会状況の変化が、サイバートラック発売に対する世間の反応に影を落としているように思われます。
「bullet proof」ボディに銃弾を打ち込んでその強靭さを示す映像は、ウクライナやガザの戦闘を想起せずに見ることは難しく、荒れ果てた砂漠や岩陵を走る映像は、月や火星の地面を走行する未来というよりも、荒涼とした戦場を軍用車が侵攻するシーンに重ねてしまうのは、筆者だけではないでしょう。「未来のように見える未来のクルマ(Cybertruck is the car of the future that looks like the future)」というコンセプトの下に生まれたサイバートラックですが、20世紀の遺物と思われていた国家間の全面戦争と破壊の現場に引き戻された2023年末の世界においては、その存在は「未来的」というよりもマスク氏自身が示唆したように「黙示録的」だと思えます。
ステンレススチールボディに最も苦労した
マスク氏が「墓穴を掘った」というボディの製造は、発売が遅れた最大の理由です。無類の強度を実現するために、スペースXのロケットに採用したステンレス特殊合金を使うことを前提にデザインされたサイバートラックは、エクステリアパネルに骨格としての強度を持たせる「エクソスケルトン(exoskeleton)」構造を持ちます。アルミスペースフレームやカーボンモノコックといった構造が、アウディA8のような一部の高級車やマクラーレンのようなスーパースポーツカーには採用されていますが、ステンレススチール合金を使った量販車はほとんど例がありません。(かつて映画「バックトゥーザフューチャー」で有名になったデロリアンDMC-12くらいです)
英国の人気自動車番組である「Top Gear」は、発表と同時にロサンゼルス近郊でサイバートラックの試乗やテスラのデザイナーやエンジニアにインタビューする機会をえた数少ないメディアで、その動画(Tesla Cybertruck DRIVEN!)は10日間で380万回以上再生されています。2人の開発者によれば、サイバートラックは、「最も頑強で、見たことのないようなピックアップトラック」を開発するというコンセプトの下、初期のスタイリング検討では、ジェームズ・ボンド映画で潜水艇にもなったロータス・エスプリのようなイメージを求め、実際に映画の撮影に使われたクルマをマスク氏が100万ドル近く出して購入し、デザインセンターに置いたそうです。
「シンプルで角張った」フォルムを目指して、他にもランボルギーニ・カウンタック、スティルスF-117戦闘機なども参考にしながらデザインスタディを重ねましたが、金属材料に造詣の深いマスク氏が、スペースXロケットに採用しようとしていた特殊なステンレス合金を使うことを提案し、それを想定して製作された1/1クレイモデルを見たマスク氏が、「これで行こう!」と瞬時にデザインが決まったそうです。
スチールやアルミニウムを素材としたボディも試されましたが、特殊なステンレス合金(スチールにクロムやニッケルなどを混ぜたもの)を採用することで、捻り剛性は45キロNmと通常のフルサイズピックアップトラックの3倍、スーパーカーに匹敵するレベルの強度が達成されたのです。
曲がらない素材の故、ボンネットやルーフ、ドアやサイドパネルは基本的に平たく真っ直ぐですが、空力性能のため一部曲げる必要がありました。クルマのスチール鋼板は通常0.7mm程度のところを厚さ3mmもあるステンレス合金のゆえプレスすることは不可能で、曲げるために特殊な装置で高圧の空気で押さえて加工したということです。また、鉄板のように折り曲げて合わせるヘム(縁)がないため、各パネルはダイヤモンドのカット面のように精密に合わせる必要があったと、その製造の苦労が語られています。