今月のドイツ出張では、前半は古都マインツの近くに住む友人宅にお世話になり、後半にミュンヘンに移動してIAAを取材しました。速度無制限のアウトバーンは、ドイツのモビリティの象徴的存在であり、400〜500kmなら鉄道よりも自動車での移動を選択する人も多いお国柄です。アウトバーンの充電環境はどうなのか、EVではどの程度のスピードで走ることができるのか、実体験をお伝えします。(タイトル写真は、バーデン・ヴュルテンベルク州のエネルギー会社EnBWの急速充電ステーション)

BYD Atto3のインプレッション

最後にAtto3に試乗しての感想ですが、普通に運転するには十分な加速力(204馬力)がありますし、電費についてはアウトバーンで120km/h平均で走り(一部区間は150km/h巡行含む)、5.6km/kWhの電費はなかなか優秀だと思います。一方で、スピードを上げた際の直進安定性は今ひとつで、ステアリングを切った時のフィールは、VWやアウディなどに乗り慣れた筆者には少しdull(鈍い)に感じました。風切り音は速度を上げてもそれほど気になりませんが、急ブレーキをかけると結構大きな音が足回りから聞こえてきました。

大きなセンターディスプレイにナビゲーションマップを表示し、速度やパワーメーター、電池残量などをハンドル奥のコンパクトなメーターディスプレイに集めているのは見やすいと思いました。一方で、ACCの設定やレジューム(resume)の仕方が運転しながらではなかなか分からず、レーンキープ機能も白線に近寄った時の修正舵はほとんど入らないのに、振動による警告は頻繁で、何を基準にワーニングを出しているのかつかめませんでした。

Atto3のドイツの価格は44,625ユーロからと、テスラモデル3の42,990ユーロ、VW ID.4の42,635ユーロと比べて安くないので、価格競争力は中国や日本ほどではないと思われます(但し、BYDドイツのホームページでは、2年リースで月199ユーロという破格のリース料金の設定あり)。中国の価格から考えれば、35,000ユーロ程度でも良いはずですが、EUの10%の輸入関税がかかることと、安売りせずブランド価値を高めたい思いもあるのかもしれません。これに比べると、1クラス上のシール(Seal)のセダン(バッテリー容量82.5kWh)は、44,900ユーロとかなり安い印象です。

画像: 元アウディのチーフデザイナーの手によるAtto3のデザインはなかなかスタイリッシュ。

元アウディのチーフデザイナーの手によるAtto3のデザインはなかなかスタイリッシュ。

アウトバーンで長距離移動を頻繁にする人は少数派

このアウトバーン体験から、ドイツではEVはまだ難しいのではないか、という感想を持ったわけですが、元アウディジャパンのマーケティングディレクターで、今はドイツルノーで販売の責任者を務めるマイケル・ローエ氏にIAA会場で話したところ、「そんな長距離移動を頻繁にするユーザーはごく一部だ」というコメントが返ってきました。

確かにドイツの世帯はクルマの複数所有が多いので、一台はEVで一台は長距離移動用にエンジンのついた車、という選択肢もあるでしょう。また、航続距離がカタログ値で600キロを超えるEVなら、アウトバーン走行で400キロを超えるトリップでもギリギリ充電なしでの移動も可能でしょう。充電インフラがもう少し整えば、EVにスイッチすることへの抵抗はさらに少なくなるかもしれません。

アウトバーンに130km/h以下の速度規制を導入すべきといった提言も以前からあり、今回のIAAでもいつものように環境団体の反クルマデモもありましたが、今のところ一律の速度制限を導入する動きはないようです。ドイツ在住30年の友人は、日本の鉄道システムは精密にコントロールされており、CO2を本気で減らすなら、ドイツはもっと鉄道交通を本格的に見直すべきとも言っていました。

一方、マインツ近郊のインゲルハイムに5年前に居を移した別の友人は、ドイツの鉄道は30分程度の遅れは当たり前である上、移動の途中で先行列車の遅れのため突然自分の列車が運行打ち切りになったなどの苦い経験があるようで、ドイツの鉄道をあまり信用しておらず、旅行もほとんど車です。

画像: ドイツの輸送部門(Transport)の年間CO2排出量は約1億5000万トンで30年前からほとんど減っていない(出典:Clean Energy Wire)。

ドイツの輸送部門(Transport)の年間CO2排出量は約1億5000万トンで30年前からほとんど減っていない(出典:Clean Energy Wire)。

ドイツでは自動車が基幹産業ですから、強制的にクルマから鉄道にシフトさせるような税制などは取らないでしょうが、輸送部門からのCO2排出量はほとんど減っておらず、2030年までに約半分に減らすためにカーボンフリーのモビリティにシフトしていく上で、どういう選択をしていくのか注目していきたい所です。(了)

追記:ドイツ鉄道は、今年5月から、月額49ユーロの定額制でドイツの地方鉄道と都市の地下鉄やバスなどの公共交通機関が乗り放題の『Dチケット(Deutscheland Ticket)』を発売している。昨年夏に試験的に導入した9ドルチケットを恒久化したサブスクリプション形式で、車から公共交通機関へのシフトを促す施策の一つ。年間15億ユーロの政府予算がつき、当面2年間の予定で実施している。

●著者プロフィール
丸田 靖生(まるた やすお)1960年山口県生まれ。京都大学卒業後、東洋工業(現マツダ)入社。海外広報課、北米マツダ(デトロイト事務所)駐在をへて、1996年に日本ゼネラルモーターズに転じ、サターンやオペルの広報・マーケティングに携わる。2004年から2021年まで、フォルクスワーゲングループジャパン、アウディジャパンの広報責任者を歴任。現在、広報・コミュニケーションコンサルタントとして活動中。著書に「広報の極意−混迷の時代にこそ広報が活躍できる」(2022年 ヴイツーソリューション)がある。

This article is a sponsored article by
''.