VWのEVは中国で競争になっていない
BYDに代表されるNEVの躍進は、BMWやメルセデスベンツなどのプレミアムブランドへの影響はまだ限定的ですが、中国メーカーと真っ向から競合するVWブランドや日本メーカーへの影響は甚大です。NEVで勝負になっていれば良いのですが、アウディを含むVWグループの上半期のEV販売台数はわずか62,400台です。このうちVWのIDシリーズが3分の2としても約4万台にすぎません。3位の元プラス(Atto3)の5分の1で、「『IDはただ飛ばない“Die IDs fliegen einfach nicht”』とヴォルフスブルグでは囁かれている(ハンデルスブラット紙)」と言われる所以です。
元プラスの価格は139,800〜167,800元で、VW ID.4は217,900〜293,000元と乗り出し価格で35%の差があります。廉価モデルの電池容量と航続距離(NEDC)は、元プラスが52.5kWh(推定)で430Km 、ID.4が55.7kWhで425kmとほぼ同等。モーター出力は、150kW対125kWで元プラスが上回っています。
アウディが中国からEVプラットフォームを買う?
厳しい状況にあるVWブランドですが、アウディも中国のEV販売で苦戦しており、EVの車台を上海汽車(SAIC)のグループ会社であるIM Motors(智己汽車)から購入するという驚きの報道がありました。IM Motors(IMはIntelligence in Motionを意味する)は、SAICとアリババなどが2020年に出資して出来た新興の高級EVメーカーで、これまでにL7とLS7という全長5mを超えるフルサイズセダンとクロスオーバーSUVを発売しています。まさにアウディのフラッグシップA8の後継モデルのコンセプトカーである「グランドスフィア(grandsphere)」や「アーバンスフィア(urbansphere)」を彷彿させるモデルです。
アウディは、ポルシェと共同開発したEVプラットフォームであるPPE(プレミアムプラットフォーム・エレクトリック)を使って次期A6やA8などの後継EVを2024〜2026年頃に発売予定です。PPEの最初の車種はQ6 e -tronとポルシェマカンEVですが、VWグループの車載ソフトウェアの開発の遅れのため発売が1年以上遅れており、VW OSはバージョン2.0の予定が1.2で出ると言われています。
VWは現在の小型EV用のMEBと、プレミアムモデル用のPPEを次世代EVプラットフォームとして開発中のSSP(Scalable Systems Platform)に統合する計画ですが、こちらもソフトウェアの開発の遅れで 導入が2029年頃まで3年近く遅れるとも報じられています。
A3やA4セダンのEVを中国製プラットフォームで即開発
今回SAICグループのEVプラットフォームの購入が何を意味するかですが、それについてはハンデルスブラット紙は7月24日の記事で、「アウディは中国市場のEV販売を立て直すため、ソフトウェアや充電スピードなどが劣っているMEBを敬遠し、SAICのプラットフォームを使用してA3やA4のEVセダンを迅速に開発し、さらに次の上級モデルも共同開発する」と報じています。
中国では、長春のFAW(第一汽車)をパートナーとしてきたアウディですが、5年ほど前にSAICグループ傘下でもアウディ車の販売を開始した際はFAWの抵抗で非常に難航しました。この点、長年SAICとFAWの2社と事業を展開してきたVWは、「ラビーダ」と「サギター」のように、同じVW製の車台を使用して姉妹車を作り分けてきました。
今後、アウディでも同様のことが必要になると思われますが、今回の話が実現すると、アウディとSAICは、FAWとは別のプラットフォームで将来モデルを開発することになり、中国戦略の大きな方向転換となります。また、「技術による先進」を掲げてきたアウディが、中国産のプラットフォームを借りて開発することになれば、VWグループ内の純血主義が初めて破られる歴史的な事態になります。
6月末には、BMW出身のアウディの現社長のマルクス・ドゥースマンがわずか3年で退任し、9月からはポルシェのCEOを兼ねるオリバー・ブルーメVWグループCEOの信頼するゲルノート・デルナーに交代する人事も発表されました。VWブランドだけでなく、アウディを含めてVWグループ全体に嵐が吹き荒れ始めているのかもしれません。
EVは欧州にとって「トロイの木馬」になるリスクも
EVにシフトする欧州市場における中国メーカーとの将来の競争にいち早く警鐘を鳴らしたのはステランティスのカルロス・タバレスCEOですが、この脅威がだんだんと現実のものになりそうです。現在のところ、EV化の最大の恩恵を受けているのは、欧州でもテスラであり、同社はベルリン郊外の工場の生産能力を倍以上の100万台に引き上げるための申請を行いました。2020年に発売されたモデルYもモデルサイクル後期に入るため、近い将来「モデル3」がフルモデルチェンジするのではないかと予想されます。
また、中国メーカーも英国の老舗ブランドMGを保有するSAICが、UKでシェア4%を超えています。BYDもスペインやドイツで販売を開始しました。9月のミュンヘンモーターショーでは、BYD, MG、Xpeng(小鵬)などの中国ブランドも前回以上に出展します。テスラだけでなく、コスト競争力で勝る中国ブランドが価格で攻勢をかけてくれば、量販価格帯の市場は席巻されてしまう危惧があります。
いち早くEV化で主導権を握ろうとした欧州自動車産業ですが、中国資本がEVという殻を纏った「トロイの木馬」となって侵入する脅威を本気で感じていると言えるでしょう。EV化への邁進が自身の足を撃つことにならないように、欧州メーカーがどう体制を立て直していくのかが注目されます。(了)
●著者プロフィール
丸田 靖生(まるた やすお)1960年山口県生まれ。京都大学卒業後、東洋工業(現マツダ)入社。海外広報課、北米マツダ(デトロイト事務所)駐在をへて、1996年に日本ゼネラルモーターズに転じ、サターンやオペルの広報・マーケティングに携わる。2004年から2021年まで、フォルクスワーゲングループジャパン、アウディジャパンの広報責任者を歴任。現在、広報・コミュニケーションコンサルタントとして活動中。著書に「広報の極意−混迷の時代にこそ広報が活躍できる」(2022年 ヴイツーソリューション)がある。