このところアメリカではEVに関連する動きが活発化しているが、環境保護局による新燃費基準(案)に続いて、財務省からインフレ抑制法下のEV購入に当たっての税控除対象車種が発表されました。結果、リストに上がったのは米国車ばかり。これはいったいどういうことなのでしょうか。(タイトル写真はクロスオーバータイプの専用ボディを持つフォード マスタングのEVモデル)

北米生産を前提にふたつの条件をクリアする必要あり

前回は米政府の新燃費基準(案)が米国市場のEV化の流れに拍車をかける状況をお伝えしましたが、4月18日には、米財務省からインフレ抑制法(IRA)下のEV購入税控除の対象車種が発表されました。

従来、7500ドル一律だったこの税控除は、IRAでは北米での車両生産を前提に、(1)搭載する電池の希少鉱物の40%以上を米国もしくは自由貿易条約締結国内で調達または精製することで3750ドル。(2)電池を構成するコンポーネンツの50%以上を北米で生産することで3750ドルと2分割されました。

電池という重要戦略物資の生産とサプライチェーンを米国内に囲い込む露骨な政策と批判を浴びましたが、対象となったのはデトロイト3とテスラのみで、欧州や日本・韓国メーカー製のEVやPHEVは全て対象外となりました。

7500ドル全額控除されるのは全部で10車種で、GMがシボレー・ボルトや2024モデルのシルバラード、ブレーザー、エクイノックスの4車種、フォードがF-150ライトニングなど2車種、テスラが「モデルY」全グレードとモデル3(パフォーマンス)、クライスラー・パシフィカPHEVとなりました。3750ドルの対象には、フォードマスタング・マッハ-Eや同エスケープPHEV、ジープラングラーやグランドチェロキーなどの7車種となりました。

画像: 「BMW X5 Drive 45e」。BMWはi4, i7, iXのBEVに加え、330e, 530e, x5 Drive 45eなどのPHEVを米国で幅広く販売している。IRA法下で税控除のモデルはなくなった。

「BMW X5 Drive 45e」。BMWはi4, i7, iXのBEVに加え、330e, 530e, x5 Drive 45eなどのPHEVを米国で幅広く販売している。IRA法下で税控除のモデルはなくなった。

4月17日までは税控除の対象だったBMW、アウディ、ボルボの一部のPHEV、フォルクスワーゲンID.4や日産リーフ、リヴィアンR1S/R1TのBEVは対象から外れました。この結果を見ると、今後EV電池の北米内生産に拍車がかかるのは不可避と思われます。

さて、記事の後半では、米国市場の過去30年間の変遷とEVへの転換の課題を見ていきたいと思います。

アメリカでは新車の5台のうち4台がピックアップトラックやSUV

アメリカの新車の平均販売価格は、最近のインフレ下の値上げの影響もあって昨年4万5000ドルを突破しました。筆者がアメリカに駐在していた30年前は2万ドル半ばでしたらから、ほぼ倍になっています。

興味深いのは、新車販売における乗用車とトラック(※)の比率が完全に逆転し、昨年は乗用車:トラック=1:4の割合となっています(1993年は乗用車:トラック=2:1)。2022年に一番売れた乗用車であるトヨタカムリ(29万5000台 5位)の販売台数は、1位のフォードFシリーズ(65万3900台)の半分に満たないのです。※ピックアップトラック+SUV・クロスオーバー

アメリカ市場が利益の高いピックアップトラックやSUVにシフトしたことは、30年前と現在の販売トップ10モデルを比較してみればわかります。1993年には、フォードトーラス、アコード、カムリ、シボレーキャバリエ、フォードエスコートと5車種あった乗用車が、2022年にはトップ10入りはカムリだけになっているのです。

画像: 米国市場全体の販売台数は2022年は1375万台、1993年は1420万台。

米国市場全体の販売台数は2022年は1375万台、1993年は1420万台。

画像: 「トヨタ カムリ」。1980年代からトヨタ車の高品質の代名詞としてミッドサイズセダンのリーダーの地位は不変。グレードも2万7000ドル台の4気筒モデルから50mpg超えの低燃費のハイブリッド、V6モデルまで幅広い。

「トヨタ カムリ」。1980年代からトヨタ車の高品質の代名詞としてミッドサイズセダンのリーダーの地位は不変。グレードも2万7000ドル台の4気筒モデルから50mpg超えの低燃費のハイブリッド、V6モデルまで幅広い。

デトロイト3は、2008年の金融危機でGMとクライスラーが破綻するなど壊滅的な打撃を受けましたが、このように市場の構造を乗用車からピックアップ・SUVに変えることに成功し、その性能や装備を高めて高付加価値化し、近年は史上最高レベルの収益を上げています。

これは、各ブランドの平均実売価格(transaction price)を見てもわかります。今年1〜3月期の主要ブランドの平均購入価格を見ると、GM、フォードは5万ドルを超えているのに比べ、ラインアップが乗用車やコンパクトSUVなどが中心である日本や韓国メーカーの平均価格帯は大体3万ドル台なのです。

画像: アメリカでは新車の5台のうち4台がピックアップトラックやSUV

小型車のEV化は最後になり、EVデバイドが進む懸念も

米国市場のEVは、テスラによって先進テクノロジーに敏感で環境問題にも関心の高い知的富裕層からまず浸透し始めましたが、これからは大都市やその郊外に住むミドルクラスが購入するピックアップやSUV・クロスオーバーが牽引して行くでしょう。

最後に普及するのは、低価格帯のセダンやハッチバックになると思われ、EVが企業の投資と産業構造の変革を進める一方で、デジタルデバイドならぬ「EVデバイド」が起きて、社会の階層分化を顕在化させる懸念もあります。

テスラが兼ねてから表明している2万5000ドルのモデル(「モデル2(?)」)や、フォルクスワーゲンのID.2のような小型で手頃な価格のEVは、欧州や日本市場では受け入れられるでしょうが、アメリカでは小型車は人気がないというのが歴史の教える所です。

一方で、110年前にT型フォードで自動車を大衆化したとの自負のあるフォードは、2万ドルを切るハイブリッドピックアップトラック「マーヴェリック」を発売していますが、2万ドルのEVを販売したいと表明しています。

画像: 「フォード マーヴェリック」。2.5L直4アトキンソンサイクルエンジン搭載のフルハイブリッド。5人乗りで最大1810kgの牽引力を持つコンパクトピックアップで価格は1万9995ドルからと良心的。「2万ドルEV」のお手本か。

「フォード マーヴェリック」。2.5L直4アトキンソンサイクルエンジン搭載のフルハイブリッド。5人乗りで最大1810kgの牽引力を持つコンパクトピックアップで価格は1万9995ドルからと良心的。「2万ドルEV」のお手本か。

テスラもその元々のミッションは、「大衆市場に高性能な電気自動車を導入することで、持続可能な輸送手段を加速する」というものです。フォードの「2万ドルEV」や「モデル2」などの安価なEVが早期に実現することが、年間63億トンの温暖化ガス(GHG)排出量の28%を占めるアメリカの輸送部門の革命的な転換に成功するためには重要だと思われます。

追記:4月19日以降に、テネシー州で生産されているVW ID.4、キャデラック・リリックが7,500ドルの税控除対象に、リヴィアンR1S and R1Tの一部モデルが3,750ドルの対象に追加された。リストは今後も随時更新される模様です。

●著者プロフィール
丸田 靖生(まるた やすお)1960年山口県生まれ。京都大学卒業後、東洋工業(現マツダ)入社。海外広報課、北米マツダ(デトロイト事務所)駐在をへて、1996年に日本ゼネラルモーターズに転じ、サターンやオペルの広報・マーケティングに携わる。2004年から2021年まで、フォルクスワーゲングループジャパン、アウディジャパンの広報責任者を歴任。現在、広報・コミュニケーションコンサルタントとして活動中。著書に「広報の極意−混迷の時代にこそ広報が活躍できる」(2022年 ヴイツーソリューション)がある。

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