世界でEV販売を巡るせめぎ合いが様々な形で起きています。そしていま注目を集めているのが世界第2位の巨大市場、アメリカで4月12日に発表された米国環境保護局(EPA)による新燃費基準(案)です。この新燃費基準は結果としてEVの普及を加速させるもので、これにより世界の自動車メーカーの勢力図はどうなるのか、注目されるところです。(タイトル写真はいま世界で一番売れているEV、「テスラ モデルY」)

大型SUVやピックアップが多い米には厳しい基準

米国環境保護局(EPA)が2023年4月12日に発表した「乗用車とライトトラック(Cars and Light-duty Trucks)[※1]」の新燃費基準(案)は、2027年から5年間で56%のCO2排出削減を求めており、同局は、これを達成するにはEVの販売シェアを2032年に67%まで引き上げることになると試算しています。
※1:貨物積載量4000ポンド(1815kg)以下、総車両重量8500ポンド(3855kg)以下の軽積載自動車。

昨年8月にバイデン大統領の肝煎りで成立したインフレ抑制法(Inflation Reduction Act)」では、EV普及のために7,500ドルの購入補助金が向こう10年間支給されることが決まりましたが、大統領の目標は「2030年に新車販売の50%をEV[※2]にする」でしたから、今回のEPAの基準は、これをかなり上回る野心的な内容といえます。
※2:バッテリーEV(BEV)と水素燃料電池車(FCV)を含み、プラグインハイブリッド(PHEV)は含まない。

現在の燃費基準は、2021年以降2026年までにCO2排出量を26%削減して161g/mile(100g/km)とするもので、企業平均燃費(CAFE) は、1ガロンあたり49マイル(20.7km/L)となりますが、新基準はこれを2027年から5年間で56%削減し、CO2排出量を82g/mile(51g/km)とするものです。

EUの「Fit for 55」は、2021年の排出基準95g/kmを55%削減するので43g/kmとなり、こちらの方が厳しそうに見えますが、米国は重量の大きいSUVやピックアップの比率が圧倒的に高いので、今回のEPAのルールは相当厳しいといえるでしょう。ちなみに日本の2030年度燃費基準は25.4km/L(ガソリン燃料CO2換算で92g/km)です。

このEPAの燃費基準案に関して、報道を見る限り、米国の自動車メーカーや全米自動車労組(UAW)から特に反対の声は上がっていないようです。「デトロイト3」と言われるGM、フォード、ステランティスは、EVや電池の生産に未曾有のペースで投資を進めており、2030年代初めには全メーカー合わせて1000万台以上のEV生産体制ができると予想されています。年間1500万台前後の市場規模からすると、必要な投資は既に実行に移されつつあると言えそうです。

テスラは2022年に64%あったEV市場のシェアを維持できるか?

昨年の米国でのEVの販売台数は80万7000台で市場全体(1375万台)の内シェアは5.8%でした。販売トップ10モデルのうち、テスラが「モデルY」(1位 23万1400台)、「モデル3」(2位 19万8200台)、「モデルS」(4位 90万400台)」、「モデルX」(6位 2万4000台)など計48万4000台で、シェア64%と相変わらず圧倒的な存在でした。

デトロイト3では、3位がフォード「マスタング・マッハ-E」(3万9400台)、5位がGM「シボレーボルト」(3万8000台)が続き、7〜8位には、ヒョンデの「アイオニック5」(2万2900台)とKia「EV 6」(2万2900台)といち早くEV化に舵を切った韓国メーカーが続きます。9位にはフォルクスワーゲンの「ID.4」(2万500台)が入り、10位は全米自動車販売No.1のフォード「Fシリーズ」のEVモデル「F-150ライトニング」(1万5600台)となりました。この他、新興EVトラックメーカーのリヴィアンも、2万台以上を販売しています(モデル別台数は発表せず)。

画像: 「フォード F-150 ライトニング」。2022年も販売台数で不動のNo.1を維持するフォード「Fシリーズ」ピックアップのEVは20万台の受注があり、フル生産の今年はEV販売上位に食い込むことが予想される。

「フォード F-150 ライトニング」。2022年も販売台数で不動のNo.1を維持するフォード「Fシリーズ」ピックアップのEVは20万台の受注があり、フル生産の今年はEV販売上位に食い込むことが予想される。

独プレミアムブランド勢もEVの販売を急速に増やしています。昨年、ラグジュアリーセグメント首位の座をテスラに譲ったBMWの今年1〜3月の販売台数は8万2466台ですが、そのうち17%をEVとPHEVが占めました。4位のメルセデスも6万1531台のうち9.8%をEQEなど4車種のEVが占めたということです。

テスラは最近の度重なる値下げによってEV市場のリードを維持しようとしており、今年1〜3月は前年同期比55%アップの17万台を販売した模様で、これはBMWの販売台数の2倍以上の台数です。米国自動車メーカーや欧州プレミアムブランドのEV攻勢の前に、今年テスラが6割台のシェアを維持できるかが注目されます。

SUVやピックアップのEV投入が目白押し

今年は20万台の受注があるとされるフォードは「F-150ライトニング」をフル生産し、「マスタング・マッハ-E」の生産を倍増する計画です。GMは販売台数第2位のシボレー「シルバラード」や、SUVでは「エクイノックス」や「ブレイザー」のEVを発売します。フォードは、フォルクスワーゲンのMEBプラットフォームを使ってドイツで開発したSUV「エクスプローラー」も発表しましたが、米国導入は来年以降になりそうです。

画像: 「シボレー エクイノックスEV」。トヨタRAV4、ホンダCR-Vに次いでコンパクトSUVセグメント第3位のシボレー エクイノックスのEVは、その未来的なデザインが注目される。

「シボレー エクイノックスEV」。トヨタRAV4、ホンダCR-Vに次いでコンパクトSUVセグメント第3位のシボレー エクイノックスのEVは、その未来的なデザインが注目される。

画像: 「シボレー ブレーザーEV」。日本でもかつて人気を誇ったミッドサイズSUVは、ボクシーなデザインから流麗なクロスオーバースタイルのEV専用車生まれ変わった。2023年秋に導入予定。

「シボレー ブレーザーEV」。日本でもかつて人気を誇ったミッドサイズSUVは、ボクシーなデザインから流麗なクロスオーバースタイルのEV専用車生まれ変わった。2023年秋に導入予定。

ステランティス傘下のダッジは、全米販売台数3位のピックアップトラック「RAM」のEVを今月のニューヨークモーターショーで発表しました。発売は2024年末ですが、229kWhの巨大な電池を積み、0〜60マイル加速が3.3秒、航続距離は500マイル(800キロ)という超弩級のEVピックアップです。

画像: 4月のニューヨークオートショーで発表されたダッジラムのEV、「ダッジラム 1500 REV」。最大229kWhのバッテリーを搭載し航続距離500マイルという最強の性能を掲げる。

4月のニューヨークオートショーで発表されたダッジラムのEV、「ダッジラム 1500 REV」。最大229kWhのバッテリーを搭載し航続距離500マイルという最強の性能を掲げる。

ジープブランドは「ラングラー4xe」がプラグインHV市場販売トップの人気を誇るなど「チェロキー」を含めPHEVに力を入れていますが、2024年にはいよいよBEVモデルを投入してくる予定です。また、テスラは30万台以上受注があるという「サイバートラック」の生産をいよいよ今年末に開始します。

欧州ブランドは、メルセデスがEQシリーズを、BMWはiXシリーズを、アウディはe-tron シリーズのEVラインアップを着実に広げていますし、韓国勢もヒョンデが販売好調の「アイオニック5」に、「6」、「7」とアイオニックシリーズを拡充するほか、量販価格帯の「コナ(Kona)」の新型も発表。Kiaも販売中の「ニロ(Niro)」や「EV6」に加え、3列シートのSUVの「EV9」を発表しました。

画像: 「ヒョンデ アイオニック6」。2023年ワールド・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞。空気抵抗係数(CD)0.21のエアロダイナミックデザインと77kWhのバッテリーで航続距離は360マイル。テスラモデル3のライバルとなるか。

「ヒョンデ アイオニック6」。2023年ワールド・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞。空気抵抗係数(CD)0.21のエアロダイナミックデザインと77kWhのバッテリーで航続距離は360マイル。テスラモデル3のライバルとなるか。

このように、アメリカ市場の8割を占めるピックアップトラックとSUV・クロスオーバーのセグメントに既存の自動車メーカーのEVが相次いで投入されて、今年末には販売されるEVとPHEVは80車種に上りそうです。2023年のEV販売は100万台を超え、シェアは7%以上になると予想されています。

日本メーカーのEV投入は、市場拡大に間に合うのか

日本メーカーは、昨年、品質問題で数カ月出荷が止まったトヨタ「bZ4X」とスバル「ソルテラ」がフルに供給されるでしょうし、レクサスも「RZ」を発売します。日産はEVの先駆者にも関わらず「リーフ」の米国販売は、昨年わずかに1万2000台と振いませんが、コンパクトSUVの「アリア」を発売しました。

また現在EVの販売がないホンダは、2024年にGMの開発したEV専用の車台と電池「アルティウム」を採用したSUV「プロローグ」を発売しますが、話題のソニーホンダのセダン「アフィーラ」は2025年の予定です。

画像: 「ホンダ プロローグ」。GMの「アルティウム」プラットフォームを採用してホイールベースは3mを超える。人気のコンパクトSUV「CRーV]より20cm以上長いミッドサイズ。2024年に導入して当初の生産は年間7万台の計画。

「ホンダ プロローグ」。GMの「アルティウム」プラットフォームを採用してホイールベースは3mを超える。人気のコンパクトSUV「CRーV]より20cm以上長いミッドサイズ。2024年に導入して当初の生産は年間7万台の計画。

トヨタの佐藤恒治新社長が4月に、2026年に世界で150万台の新車EVを販売すると発表しましたが、これには米国でのEV導入が核になるでしょうし、ホンダもLGエナジーソリューションと組んで35億ドルを投資して電池のUS生産に乗り出すなど、ここにきて日本メーカーのEV戦略もようやく加速してきました。

これまでフルハイブリッドやPHEVのラインアップが中心で、EVの本格投入が欧米勢に3〜4年遅れている感のある日本メーカーの製品攻勢がEV市場の拡大に間に合うかどうか、注目したいところです。

●著者プロフィール
丸田 靖生(まるた やすお)1960年山口県生まれ。京都大学卒業後、東洋工業(現マツダ)入社。海外広報課、北米マツダ(デトロイト事務所)駐在をへて、1996年に日本ゼネラルモーターズに転じ、サターンやオペルの広報・マーケティングに携わる。2004年から2021年まで、フォルクスワーゲングループジャパン、アウディジャパンの広報責任者を歴任。現在、広報・コミュニケーションコンサルタントとして活動中。著書に「広報の極意−混迷の時代にこそ広報が活躍できる」(2022年 ヴイツーソリューション)がある。

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