発動後すぐに猶予措置となった対メキシコ・カナダの25%関税
さて、回り道をしてしまいましたが、2月1日にメキシコとカナダの輸入品に一律25%の関税を発動する大統領令にトランプ氏が署名して以来、自動車メーカーや部品サプライヤーは、Xデーの到来を固唾を飲んで待ち受けました。一旦はひと月延期されたものの、3月4日にはこれが発動されましたが、驚いたことに翌日にはUSMCAの対象となる自動車には1カ月の猶予措置がホワイトハウスのカロリン・リーヴィット報道官によって発表されたのです。この背景には、前日のトランプ大統領とデトロイト3(以下、D3)のGM、フォード、ステランティスのトップ3人による会談がありました。

ホワイトハウス報道官のリーヴィット氏は、ニューハンプシャー州の小さな町の出身の27歳で、第二次トランプ政権で米国最高の広報ポジションに就いた(写真は同氏のXより)
2月にはフォードのジム・ファーリーCEOが、25%関税が課されれば、「米国の自動車産業にかつて経験したことのない大穴が開く」と警告していましたし、関税をそのまま上乗せすれば米国の自動車価格は3000ドルから1万ドル以上の値上げを余儀なくされるといった予測や、D3がこれを吸収すれば各社の1年分の利益(約1兆円)がすべて吹き飛ぶという分析が調査会社からも出ています。
1994年にビル・クリントン政権時に成立したNAFTA(北米自由貿易協定)によって、メキシコとカナダと米国をひとつの自由経済圏としてみなしたことで、特にコストの安いメキシコに多くの製造業が移転立地したことは周知の事実です。D3首脳は、30年かけて構築されたサプライチェーンは短期間に再編することはできず、関税は米国自動車メーカーの収益を圧迫し、雇用にも影響すると力説したでしょうし、米国自動車部品工業会(MEMA)も同様の主張を繰り返しています。
また、ニューヨークタイムズは、「自動車関税の問題点:輸入車はどれ?」と題した記事で、メキシコで生産されているがエンジンや変速機は米国製であるシボレーブレイザーと、カナダ生産だがエンジンを含む7割が米国製部品であるトヨタ RAV4と、米国生産だがエンジンなど大半の部品が日本を含む海外から調達されている日産 アルティマは、果たしてどれが最も「米国産」と言えるのか、と疑問を呈しています。米国・カナダ・メキシコ間で何度も部品が国境を越えるサプライチェーンの下では、「米国製」の判断が難しくなっているのです。

2024年米国で47万台を販売したトヨタ RAV4の大部分は、カナダのオンタリオ州の工場で生産される(写真は米国トヨタ)
トランプ氏が本気で自動車をはじめとする製造業の米国回帰を図ろうとしているのなら、米国より労務コストの圧倒的に安いメキシコへの工場移転を促進したUSMCAは止めて、1980年代に議会や労働組合の間で立法の動きのあった米国産化率を義務付けるローカルコンテント法を作るべきでしょうが、それはまったく現実的ではありません。
オートモティブニュースの記事によれは、米国では、特にシートやワイヤーハーネスのような労働集約型の部品生産の人手が不足しており、4つのポジションの求人に対し1人の応募しかいないそうです。欧州を見ても、東西冷戦の終焉以後、ドイツ・フランスの自動車メーカーは旧東ドイツやポーランド、チェコやハンガリーなど労務費の安い旧共産圏に次々に生産工場を作り、成長してきました。今さら米国内での製造を強制する国産化を本気で行うことは自滅行為なのは明らかです。

自動車用シート最大手のリア(Lear Corporation)は、メキシコ工場などで自動化を進めつつ、北アフリカや中南米への生産移転も視野に入れる(写真はリア社Facebookより)
このように、経済界、産業界は一致して既に地域共同経済圏として確立しているメキシコ・カナダとの間に高関税の壁を立てることは不合理だと考えています。結局、それは米国の自動車産業や労働者を守ることになりません。そうなると、米国の労働者の仕事がこれ以上他国に流出するのを防ぐという程度の流れを作ることが落としどころでしょう。筆者が想像するに、D3が「今後米国にこれだけの額の投資をして国内の生産工場と雇用を守る」と発表することで、トランプ政権は当面手打ちとするのではないでしょうか。