"水素社会"の実現を、4大2輪メーカーがアシスト!
ホンダ、カワサキ、スズキ、ヤマハの国内4メーカーは、HySE(水素小型モビリティ・エンジン技術研究組合)に関する情報を、そろって5月17日に公式にリリースした。なおリリースの内容は、すべて同じ内容であった。
2050カーボンニュートラル実現のため、世界中の自動車メーカーが開発を進めているのは周知のとおりだが、「本命」とされているのはやはりEV(電気自動車)である。水素を燃料として、既存のICE(内燃機関)技術を活かす水素エンジンに関しては、その開発に熱心に取り組んでいることを公にアピールしているのはトヨタ、ヤマハ、カワサキといった日本の企業くらいである。
日本政府は4月4日、「水素基本戦略」を改定し、2040年までの水素供給料を現在の6倍となる年間1,200万トン程度とする新目標を盛り込んでおり、今後15年間で官民合わせ計15兆円のサプライチェーンの投資計画などを策定している。
水素社会の実現とはいわゆる日本の国策のひとつであるが、水素の可能性を追求しているのは他の先進国も同様である。ただ自動車関連については最も有力な活用法である水素燃料電池とFCV(燃料電池車)だけでなく、燃焼による有害物質の排出というネガも含む水素エンジンの開発も進め、そのことを広くアピールしているのが日本の特徴といえよう。
HySEの主な研究開発の内容および役割分担は、以下のとおりだ。
1.水素エンジンの研究
水素エンジンのモデルベース開発の研究(Honda)
機能・性能・信頼性に関する要素研究(スズキ)
機能・性能・信頼性に関する実機研究(ヤマハ発動機、カワサキモータース)
2.水素充填システム検討
水素充填系統および水素タンクの小型モビリティ向け要求検討(ヤマハ発動機)
3.燃料供給系統システム検討
燃料供給システムおよびタンクに付随する機器、タンクからインジェクタ間に配置する機器の検討(カワサキモータース)
なおHySEは2輪メーカー4社が正組合員だが、特別組合員として川崎重工とトヨタの2社が参画している。川崎重工は水素サプライチェーン、トヨタは4輪用水素パワーユニットと、これまで蓄積してきた水素技術のノウハウを活かし、HySEの研究成果の最大化を促進することを期待されている。
一大輸出産業に成長させ、世界に普及させることが成功の鍵
脱炭素社会の実現に向け、モビリティの分野では一つのエネルギーだけではなく、マルチパスウェイでの取り組みが求められています。その中で次世代エネルギーとして注目される水素を使ったエンジンを搭載したモビリティの実用化に向けた研究開発が加速しています。水素には燃焼速度の速さに加え、着火領域の広さから燃焼が不安定になりやすいこと、また、小型モビリティでの利用にあたっては燃料搭載スペースが狭いなどといった技術的な課題があります。HySEではこれらの課題解決に向けて、これまでガソリン燃料を用いたエンジンの開発において各社が培った知見や技術をもとに、連携して小型モビリティ用水素エンジンの設計指針の確立も含めた基礎研究に取り組みます。
HySEは小型モビリティの分野において、協調して取り組みを進め、利用者にとってさまざまな選択肢を提案することで異なるニーズに応えると同時に、脱炭素社会に向けて貢献することを目指します。
リリース内の記述にあるとおり、ガソリンや軽油とは大きく異なる特性を持つ水素をICEの燃料に使うことには、燃焼を安定させる技術の確立が不可欠だ。そしてジェット航空機の場合、燃料タンクのサイズはジェット燃料用のそれに比べ水素用は体積が約4倍になると言われており、軽量コンパクトさが大事な2輪車ではそのことが採用の大きなネックになると予想される。
一方、ヤマハが公表した水素V8エンジンの情報によると、ベースとなったガソリン燃料の2UR-GSE(スポーツモデル向け5リッターV8)に比べ、4,500rpmまでの低中速域でより多くのトルクを稼ぎ出していることが明らかになっているなど、水素エンジンならではのメリットが存在するのも確かである。
ICE搭載の2&4ファンとしては、水素エンジンのポテンシャルを活かした魅力的な製品の登場を期待してしまうが、そんな未来の到来は水素インフラとサプライチェーンの充実が言うまでもなく大前提となる。
日本政府の目論見どおり、2040年に国内で水素インフラとサプライチェーンを充実させることができれば、水素社会が実現によって水素エンジンを搭載する愉しい2&4が一般化する・・・と考えるのは、いささか短絡的であろう。水素社会の実現とは、日本国内だけの需要を満たすだけでは完結するものではない。現在の化石燃料のように、世界で広く水素が使われることが当たり前という状況にならないと、水素産業の発展は望めないのが現実である。諸々の水素関連ビジネスを日本の一大輸出産業に成長させるのが、最も望ましい成功のかたちであろう。
ひとつ心配なのは液晶や半導体分野など、過去の「国策」の数々の失敗例である。自動車産業はいわば日本経済の最後の砦でもあるので、同様の失敗は許されるものではない・・・。ともあれ、HySEの設立認可のニュースは、カーボンニュートラル時代にも内燃機関搭載車を愉しめるという「夢」を膨らませてくれる話題に違いはない。HySEの今後の活躍に、大いに期待したい。
●著者プロフィール
宮﨑健太郎(みやざき けんたろう)1969(昭和44)年東京生まれ。1990年よりエディターおよびライターとして、雑誌など各種メディアで活動中。専門分野は戦前〜1970年代クラシックモーターサイクル、医学ジャーナル、ツーリズム。近年は主にWEBメディアのLawrence(https://lrnc.cc)編集長として、2輪EVなど2050カーボンニュートラル関連の、国内外最新情報を発信している。愛車は1970年型BMW R60/5ほか。