世界的にEVの普及が進む中、これから存在価値を高めることになるのは量販が期待されるスモールEVです。そうした中でその動向がとくに注目されるのはフォルクスワーゲン(VW)でしょう。今後、どのようなスモールEVを投入するのか。また世界の最量販モデルであるゴルフはどうなるのかについて考察してみました。(タイトル写真は2023年3月に発表された「ID.2all コンセプト」とVWブランドのトーマス・シェーファーCEO)

「ポロ」サイズのスモールEVが2025年に登場

上海モーターショーでは、BYDの「ドルフィン(海豚)」や「シーガル(海鴎)」といった小型のEVが、すでに中国市場で150〜200万円レベルの価格で販売されていることをお伝えしましたが、元々初代ビートルやゴルフで「ピープルズカー」ブランドであることをDNAとするフォルクスワーゲンも、EVの「民主化」に並々ならぬ意欲を見せています。

2023年3月15日にドイツのハンブルクで発表されたスモールEV「ID.2allコンセプト」は、2021年に公開されたコンセプトカー「ID.LIFE」のデザインから一新され、楔形のがっしりしたCピラーなどVWデザインの伝統を受け継いでおり、「次期ポロか」と思わせるモデルとなっています(スマートモビリティJPでも既報)。

2025年に発売予定の「ID.2all」は、VWブランド2車種に加えて、シュコダとセアトの上級ブランドである「キュプラ」向けを含め4車種が計画されており、VWブランドのハッチバックモデルは2万5000ユーロを切る価格とする方針です。

このモデルが、エンジン車の「ポロ」の後継モデルになるのかどうかがユーザーの関心の一つですが、VWブランドのCEOトーマス・シェーファー氏が「オートモティブニュース・ヨーロッパ」とのインタビューで答えている内容からその辺りを探ってみたいと思います。

画像: 「ID.2all コンセプト」はMEBプラットフォーム車としては初めてFWDとなる。全長4050mは「ポロ」とほぼ同じだが、ホイールベースは2600m、全幅は1812mmあり「ゴルフ」と同等のスペースを持つ。

「ID.2all コンセプト」はMEBプラットフォーム車としては初めてFWDとなる。全長4050mは「ポロ」とほぼ同じだが、ホイールベースは2600m、全幅は1812mmあり「ゴルフ」と同等のスペースを持つ。

ポロの未来は「ユーロ7」の動向による

シェーファーCEOは、「ID.2all」のハッチバックモデルが「ポロ」の後継車となるかについては、「完全否定はしないが、現在はその方向ではない」と、現時点ではエンジン車の「ポロ」を継続し、EUが2025年7月に施行(乗用車)を目指す排ガス規制「ユーロ7」に適合させていく意向を示しました。

「ユーロ7」は当初、窒素酸化物(NOx)の排出量などを現行「ユーロ6」より大幅に厳しくする提案内容で「事実上のエンジン車禁止」と言われましたが、自動車業界などからの猛反発を受けて、昨年11月に欧州委員会から出された最終提案はかなり緩められました。

排ガス値については、NOxのみディーゼル車を現行「ユーロ6d」の80mg/kmからガソリン車と同じ60mg/kmへの低減にとどまりましたが、有害物質のアンモニア(NH3)の排出規制が新たに導入され、排ガス性能の保証は従来の5年又は10万キロから10年又は20万キロと倍に延長されるなど、自動車メーカーの開発負担とコストアップは避けられない内容です。(*注1)

シェーファーCEOは、ユーロ7に対応すると「小排気量のエンジン車は大きなコストアップになる」「1Lエンジンのマニュアル車といったモデルは存続できなくなり、オートマチック変速機とハイブリッド化が必要になる」として、「ポロ」の将来はユーロ7の動向にかかっていると述べています。

小排気量エンジンとディーゼルの存続は難しい

2018年にステランティス傘下となったドイツの老舗ブランドであるオペルのCEOのフローリアン・ヒュトル(Florian Huettl)氏も、「小排気量のガソリンエンジンやディーゼルエンジンは『ユーロ7』下では存続が難しい」と、最近のオートモティブニュース・ヨーロッパとのインタビューで述べています。

オペルや親会社ステランティスのプジョーは、「マルチエナジープラットフォーム」戦略でガソリン、ディーゼル、PHEV(プラグインハイブリッド)、EVの4つのパワートレインを展開中で、オペルは2028年、プジョーは2030年までに完全にEV販売に移行するまでの過渡期を乗り切る戦略です。

オペルは販売の主力の「コルサ(Corsa)」や「モッカ(Mokka)」といったスモールカー(Bセグメント)の欧州販売のうち既に20〜25%がEVモデルであり、完全EVへの早期シフトに自信があるようです。

画像: 「オペルモッカ(Mokka)」は 2020年に欧州で発売されスモールSUV。「コルサ」とともに人気があり、昨年は販売の25%がEVモデルだという(ドイツでは4割)。

「オペルモッカ(Mokka)」は 2020年に欧州で発売されスモールSUV。「コルサ」とともに人気があり、昨年は販売の25%がEVモデルだという(ドイツでは4割)。

また、プジョーも欧州で昨年モデル別販売台数トップとなった「208」のEV比率が20%を超えています。次期208はEVオンリーになるという報道もありましたが、2万ユーロ台のスモールEVが普及するにはあと5年くらいかかりそうですから、2026年頃と予想される次期フルモデルチェンジでは、内燃機関モデルを残すのではないかと思います。

今年1月の「プジョーEライオンデー」でも、「208」や「2008」を含めてほとんどの乗用車を48Vマイルドハイブリッド化し、6速電動デュアルクラッチ変速機を採用すると表明していることからもそれが伺えます。

「ゴルフ」の次期フルモデルチェンジはない!?

では長年にわたり欧州の自動車販売トップモデルであったVWゴルフについてはどうなのでしょうか。これについては、VWのシェーファーCEOは、「ゴルフについては2024年にアップデートがあるが、これで2020年代末までは行ける。その後のエンジン車のゴルフの計画は今のところない」としています。ゴルフについては、すでに48Vのマイルドハイブリッドシステムを搭載済みですし、ユーロ7の対応は折り込み済みなのでしょう。

シェーファーCEOは、「ゴルフはその名を冠するに相応しいピュアEVとして再登場するだろう。それはID.3より全高が低く、2028年以降になるSSP(Scalable System Platform)ベースになるはずだ」と述べています。

画像: 「Golf 8」。2021年まで15年間欧州販売台数No.1だったゴルフだが、昨年は兄弟車のSUV「T-ROC」にも抜かれ5位となった。2014年に発売された「e-Golf」は14万台以上を販売して2020年に生産を終了したが、新たなEVゴルフが2020年代末までに登場する模様。

「Golf 8」。2021年まで15年間欧州販売台数No.1だったゴルフだが、昨年は兄弟車のSUV「T-ROC」にも抜かれ5位となった。2014年に発売された「e-Golf」は14万台以上を販売して2020年に生産を終了したが、新たなEVゴルフが2020年代末までに登場する模様。

VWは2万ユーロ以下のEVも計画

VWはID.2のさらに下に2万ユーロを切るEVを計画していることも明らかにしました。これはMEBベースではなく、「独自のプラットフォームかパートナーと組むか現在検討中」とのことで、開発はVWよりも割安感のあるシュコダブランドがリードするようです。

「提携国としてインドも考えられる」と意味深な発言もあり、かつてスズキと組んでインド市場を攻略しようとしたVWが、このモデルをインドなどの新興市場向け戦略車と考えているのかもしれません。

EV展開はプレミアムクラスからスモールカーまで拡大

VWやプジョー、ルノーなどBセグメントでアフォーダブルなモデルを提供している欧州メーカーに加え、廉価なEVで先行するBYDなどの中国勢、さらに2030年に2000万台の販売を目指すテスラも、2万5000ドルといわれる通称「モデル2」の詳細が注目されています。

リチウムイオン電池(パック)の価格は、最近の資源価格の高騰もあって2022年には価格が上昇して150ドル/kWhあたりで下げ止まっていますが、これから生産効率の高い大規模電池工場が各地で稼働し、自動車メーカーもプラットフォームや製造方法の革新で着実にコストダウンしてくれば、5年後には、2万ドル台のスモールEVが身近なものになっているかもしれません。

画像: 「Fiat 500e」とともに欧州Bセグメントで人気のEV「プジョーe-208 GT」 日本での価格は512万4千円〜とまだ高価だが、国内でも208の販売の約10%をEVが占める。

「Fiat 500e」とともに欧州Bセグメントで人気のEV「プジョーe-208 GT」 日本での価格は512万4千円〜とまだ高価だが、国内でも208の販売の約10%をEVが占める。

軽自動車やコンパクトカーが大半を占める日本市場には、「HONDA e」や日産/三菱の「サクラ」「eKクロスEV」などのスモールEVがありますが、プレミアムクラスから人気のSUVセグメントに拡がり、さらにスモールカーの領域に進みつつあるEV開発ラッシュに、日本の自動車メーカーがどう反応するか注目されるところです。

*注1:昨年11月に提示された「ユーロ7」排ガス規制(最終案)では、この他に、PM(微粒子物質)排出は23nm(ナノメートル)から10nmへとより小さな粒子まで含めた基準に強化され、新たにタイヤの粉塵やブレーキダストも規制される。さらに、ディーゼルゲート以降に導入された実際の路上走行での排ガスの計測RDE(Real Drive Emission)も、より高い外気温(35℃→45℃)や高度(1600m→1800m)、牽引時など幅広い(稀な)運転状況でテストされ、バラツキの許容範囲であるCF(Conformity Factor-適合係数)もNOxで1.1→1.0、PN 1.34→1.0と厳しくなる。(詳しくはこちらを参照)
欧州の自動車工業会(ACEA)は、「新規制案は2035年のゼロエミッション化に向けた投資を分散化させる上に、『ユーロ6d』継続の場合と比べて排出量改善の効果はわずか4%」として反論し、導入時期も関連法案の決定から最低3年はリードタイムを持たせるよう求めています。EU各国や関係団体*とのヒアリング・討議が継続中で、このままの形で成立するのかどうかまだ見通せない。

●著者プロフィール
丸田 靖生(まるた やすお)1960年山口県生まれ。京都大学卒業後、東洋工業(現マツダ)入社。海外広報課、北米マツダ(デトロイト事務所)駐在をへて、1996年に日本ゼネラルモーターズに転じ、サターンやオペルの広報・マーケティングに携わる。2004年から2021年まで、フォルクスワーゲングループジャパン、アウディジャパンの広報責任者を歴任。現在、広報・コミュニケーションコンサルタントとして活動中。著書に「広報の極意−混迷の時代にこそ広報が活躍できる」(2022年 ヴイツーソリューション)がある。

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