ディーゼルゲート以降最大の試練
ヴォルフスブルグの集会では、ブルーメCEOらに対して「私たちはフォルクスワーゲンだが、あなた方は違う」という言葉が浴びせられたという報道もあります。ブルーメCEOはポルシェのCEOも兼務しており、二重の役割に関してはかねてより疑問も呈されています。VWの議決権株の過半数を握るのは一族経営のポルシェ・オートモティブ・ホールディングSEであり、ピエヒ氏亡き後、この持ち株会社はポルシェ家の領袖であるヴォルフガング・ポルシェ氏が仕切っていると見られています。
かつてもVWブランドの利益水準が5%以下で低いことは指摘されていましたが、そこはアウディやポルシェやベントレーなど、グループの高級ブランドの利益がカバーするものという了解があり、ピープルズカーのVWブランドに公に利益率目標が課されることはありませんでした。それがブルーメCEOになって、VWブランドで6.5%、VW商用車、シュコダ、セアトと含めたブランドグループコアで8%という高い利益率の目標が課されました。ポルシェ家など株主から見れば、VWブランドが足を引っ張っているので改善せよとなるでしょうが、VWはその歴史的経緯から見ても、ドイツの雇用や地域産業を支えるという使命がより重要だと考えられてきた企業です。その特殊な経営形態にはそれが反映されています。
ドイツ経済の低迷下でもあり、ニーダーザクセン州や連邦政府は、今回も雇用や地域経済の維持を優先する立場をとると想像されます。「近視眼的な計画で、VWの本質を破壊し雇用を危険に晒すことで断じて受け入れられない」とIGメタルも声明しており、州政府も基本的に同調しているようです。200億ユーロも利益を出している会社なら、もっと労働者を護る手段があるのではないか。VWブランドはなぜ5%でなく6.5%の利益率を課せられ、100億ユーロという膨大なコスト削減を求められるのか。870万ユーロ(約14億円)の報酬を得ているCEOや役員は身を切る犠牲を払っているのか。こうした疑問を従業員や労組が抱いても不思議ではないでしょう。
ドイツの自動車産業が過去最大の試練のもとにあり、歴史的な転換期を迎えているという現実は確かに存在します。今迄のような一種社会主義的なVWの経営形態は維持できるのか、より資本市場のセオリーに則った経営への転換を余儀なくされる時期に来ているのか、そうした判断が今後の交渉の中から明らかになってくると思われます。
いずれにしても、VW経営陣が大きな賭けに出たともいえる今回のドイツ工場閉鎖を検討宣言は、ドイツ国内で30万人を雇用するVWグループのみならずドイツ産業界をも揺さぶると思われ、VWにとっては2015年に発覚したディーゼルゲート以来、最大の試練となりそうです。(了)
●著者プロフィール
丸田 靖生(まるた やすお)1960年山口県生まれ。京都大学卒業後、東洋工業(現マツダ)入社。海外広報課、北米マツダ(デトロイト事務所)駐在をへて、1996年に日本ゼネラルモーターズに転じ、サターンやオペルの広報・マーケティングに携わる。2004年から2021年まで、フォルクスワーゲングループジャパン、アウディジャパンの広報責任者を歴任。現在、広報・コミュニケーションコンサルタントとして活動中。著書に「広報の極意−混迷の時代にこそ広報が活躍できる」(2022年 ヴイツーソリューション)がある。