2024年7月26日に100年ぶりのパリ五輪が開幕し、開会式では「自由、平等、博愛」の理念と歴史が世界に向けて発信されましたが、大西洋の反対側ではアメリカ大統領選挙から目を離せない状況です。トランプ候補が暗殺者の銃弾を紙一重でかわし、指名を受けた共和党大会が異常に盛り上がった矢先、バイデン大統領がついに選挙戦からの撤退を表明しました。人気がないと言われるハリス副大統領を指名しての引退宣言ですが、そのハリス氏は2日間で民主党内の支持を固める素早い動きをみせ、若年層や黒人有権者の支持率は一挙に高まり、選挙戦は接戦の様相を呈しています。返り咲けば、バイデン政権が進めた気候温暖化対策やEVシフトを初日に破棄すると宣言するトランプ氏の優勢が伝えられていますが、次期大統領が「青(民主党)」か「赤(共和党)」かによって自動車産業はどういった影響を受けるのでしょうか。(タイトル写真はテスラ)

ハリス氏ならバイデン政策の踏襲

一方のハリス氏ですが、わずか2日間で民主党内を自分への支持で固めた手腕にはメディアも一目置いているようです。バイデン大統領から後継指名の連絡を受けてから10時間で100本の電話をかけまくり、元大統領のクリントン夫妻や民主党議会関係者、出馬の噂もあったカリフォルニア州やミシガン州の知事などの支持表明を勝ち取り流れを引き寄せた事実は、同氏の若さと行動力を強く印象づけました。

そのハリス氏の政策は基本的にはバイデン大統領のそれを引き継ぐと予想されています。IRAなどの温暖化対策やEVシフトの手を大きく緩めることはないでしょう。自動車メーカー各社も、EPAやCAFEの規制案の緩和要求が受け入れられた矢先であり、今後の市場の進捗によってはさらにEVシフトのスローダウンする可能性はありますが、基本的にクルマの電動化の方針は揺らいでいません。

合衆国の分断は容易に癒やされない

銃撃事件後、トランプ氏有利に傾いたと思われた選挙戦ですが、ハリス氏の敏捷な動きによって今後、支持率の差はさらに縮まると予想され、スイングステート7州を巡って激しい選挙戦が展開されるでしょう。環境政策だけでなく、ウクライナ戦争を即座に終結させてみせると言うトランプ氏は、武器支援を減らし、欧州連合との距離を取るでしょう。遠い外国に深く関与するのではなく、「アメリカ・ファースト」に回帰してくれという労働者層、没落した中間層の声が、リベラル思想を奉ずる裕福で教育あるエリート層の理想主義を上回る可能性は十分にあります。

アメリカの分断は、主要都市のEV購入比率を見ても明らかです。ニューヨークタイムズ紙の記事に引用されたS&Pグローバルモビリティの調査によれば、カリフォルニア州サンフランシスコ市やシリコンバレーでは30%を優に超えており、ロサンゼルスやシアトルで20%台半ば、デンバーやフェニックス(アリゾナ)、首都ワシントンで10%半ば、アトランタやニューヨーク、ボストンでは10%前後と高いのに対し、デトロイトやクリーブランド(オハイオ)、ビッツバーグ(ペンシルベニア)では3%程度に過ぎません。走行距離も長くインフラも不十分なこれらの地域に暮らす人々がEVへの乗り換えを躊躇するのは想像に難くなく、個人主義の強い米国では、EV購入を国が強制すれば強い反発が予想されます(実際にはEPAの法律はCO2排出量を規制するもので、EV購入率を強制してはいない)。

画像: 今年2月に米中西部の大都市シカゴを襲った寒波では充電できないEVが立ち往生した。シカゴのEV販売シェアは8%程度。

今年2月に米中西部の大都市シカゴを襲った寒波では充電できないEVが立ち往生した。シカゴのEV販売シェアは8%程度。

米国は強大化した「トランプ2.0」を鎮められるか

前掲書は、アメリカ保守思想の変遷を政治史とともに解説していますが、トランプ(ゴジラ)を産んだ没落した労働者階級は、「自分以外の全てのせいにする」傾向があるのも確かです。エリート支配層を嫌い、莫大な富を蓄えるウォール街を嫌い(この動きは10年前に起こった学生や左派によるオキュパイウオールストリート運動と共振する)、黒人やマイノリティーの権利ばかり持ち上げるリベラル思想を嫌い、いわば現在の社会制度をなす自分以外に敵意が向かっており、SNSなどによって「トランプ2.0」のようなポピュリズムが増幅していると言えるでしょう。

現政権の民主党は、この憤懣のエネルギーを解消する有効な手段を打ち出せるかどうか。奨学金の負債を免除したり、富裕層に課税し中間層を減税すると言っても、その声はゴジラには容易に届きません。しばらくの間、世界はアメリカで勢いを増すトランプ旋風の一挙種一投足に振り回されることになりそうです。(了)

●著者プロフィール
丸田 靖生(まるた やすお)1960年山口県生まれ。京都大学卒業後、東洋工業(現マツダ)入社。海外広報課、北米マツダ(デトロイト事務所)駐在をへて、1996年に日本ゼネラルモーターズに転じ、サターンやオペルの広報・マーケティングに携わる。2004年から2021年まで、フォルクスワーゲングループジャパン、アウディジャパンの広報責任者を歴任。現在、広報・コミュニケーションコンサルタントとして活動中。著書に「広報の極意−混迷の時代にこそ広報が活躍できる」(2022年 ヴイツーソリューション)がある。

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