2024年7月26日に100年ぶりのパリ五輪が開幕し、開会式では「自由、平等、博愛」の理念と歴史が世界に向けて発信されましたが、大西洋の反対側ではアメリカ大統領選挙から目を離せない状況です。トランプ候補が暗殺者の銃弾を紙一重でかわし、指名を受けた共和党大会が異常に盛り上がった矢先、バイデン大統領がついに選挙戦からの撤退を表明しました。人気がないと言われるハリス副大統領を指名しての引退宣言ですが、そのハリス氏は2日間で民主党内の支持を固める素早い動きをみせ、若年層や黒人有権者の支持率は一挙に高まり、選挙戦は接戦の様相を呈しています。返り咲けば、バイデン政権が進めた気候温暖化対策やEVシフトを初日に破棄すると宣言するトランプ氏の優勢が伝えられていますが、次期大統領が「青(民主党)」か「赤(共和党)」かによって自動車産業はどういった影響を受けるのでしょうか。(タイトル写真はテスラ)

トランプは何度でも甦る「ゴジラ」

この現象に一つの回答を与えてくれるのは、アメリカ保守政治研究家の会田引継氏の著作「それでもなぜ、トランプは支持されるのか(東洋経済新報社刊)」です。同書の序章で著者は、トランプ氏をゴジラに例えています。曰く、1954年に製作された映画「ゴジラ」は、水爆実験で傷ついた怪獣だが、それは大東亜戦争で南の海や島々で悲運の死を遂げた何十万人もの兵士達の「亡霊」であり、それが半世紀を経て繰り返し日本に現れるのは、癒されることのない魂に対する日本人の懺悔の念があるからだ。翻ってトランプ現象とは、経済のグローバル化と貧富の差の拡大の中で、長い間振り返られることのなかったアメリカ白人労働者層の怒りと怨念が形をとった「現象」であると。トランプの政策が支離滅裂だろうが、人格が破綻していようが関係ない。なぜならトランプは原因ではなく結果だからだ。この譬えは思わず目から鱗でした。

そのことを知ってかトランプ氏は、自身の副大統領候補にオハイオ州の荒廃した労働者の街で生まれ、母親がドラッグ(オピオイド)中毒で自身もその瀬戸際まで追い詰められながらも、踏みとどまってオハイオ州立大学からイエール大のロースクールを出てシリコンバレーで企業し、2年前に上院議員になったばかりのJ.D.ヴァンス氏を選びました。氏の生い立ちを描いた自伝「ヒルビリーエレジー」は2016年のトランプ当選の年に発行されてベストセラーになり、トランプ現象を裏付ける本として知られることになります。今回のヴァンス氏の指名により、共和党は労働者の党に衣替えしたことを正式に表明したと、元編集者で著述家の下山進氏は述べています。

民主党のグローバリズム推進と労働者離れ

従来、共和党はレーガン元大統領に代表されるように「小さな政府」、「個人の自由と最小限の規制」、「自由貿易」、「対外強行(反共)路線」を掲げる強いアメリカを標榜する党でしたが、それがブッシュJr.政権時のネオコン政策やアフガニスタンとイラクでの戦争、リーマンショックを経て、今やグローバル資本主義の否定、白人労働者の味方に意匠替えをしたというのです。

一方、かつて大恐慌後のニューディールの国営事業で雇用を生み出し、労働者の味方だったはずの民主党は、1990年代のクリントン政権時に「ニューエコノミー」の旗のもとグローバル企業を支援し、北米自由貿易協定(NAFTA)を発足させ、グラス・スティーガル法を改正して金融資本主義に道を開くなど、その後の政権でも新自由主義的な経済政策を推進した結果、労働者の党から資本家やウォールストリートに近い党に変貌してしまったのです。

リーマンショックの直後に発足した初の黒人大統領のオバマ政権で、中間層の人々はこの流れが逆転することを期待しましたが、実際には所得格差は拡大し、いわゆるラストベルトの労働者達はエリートテクノクラートとなった民主党を毛嫌いするようになりました。ヒラリー・クリントンの予想外の敗北は、民主党や大手メディアがこの変化に気づいていなかったことを示していたのです。

第2次トランプ政権になれば、EVシフトは逆回転し始める?

さて、トランプ氏は従来より「EVはアメリカの雇用の犠牲の上に、消費者に遠くに行けない自動車を押し付けるものだ」と批判しており、共和党指名大会でも就任したらバイデン政権のEV政策を即刻破棄すると宣言しました。そうなると、2022年に成立したIRA法での7500ドルのEV購入補助金や、全米で何十ヶ所も計画が進んでいるEVやバッテリー製造工場への何兆円もの補助金はストップされるのでしょうか。前回の大統領就任時と同様に、パリ協定からは脱退することは十分あり得ますし、米国環境局(EPA)のCO2排出規制やNHTSAが定めるCAFE(企業平均燃費)基準も、当初案から緩和されて今春決定されたばかりですが、さらに見直しされ骨抜きになる可能性はあります。

トランプ氏とマスク氏の蜜月

EV嫌いのはずのトランプ氏は、最近テスラのイーロン・マスク氏に頻繁に言及し、スペースX(宇宙ロケット)やAI開発で新事業に取り組む希代の起業家を持ち上げています。ウォールストリート・ジャーナル紙によれば、ヴァンス副大統領候補は、「トランプ氏は古き良き起業家精神を体現したマスク氏を気に入っている。彼は物を作り、車を作り、ロケットを作っている。これはトランプ大統領が作りたい経済だと思う」と述べたそうです。そのマスク氏は国境問題やLGBTQの権利について保守的な発言が多く、政治的な立場はトランプ氏に近づいていましたが、先ごろ氏への全面的支持を表明し多額の献金も行いました。民主党支持者が多いテスラユーザーの離反を招いているとも言われますが、どうやらバイデン大統領との間は冷えていて、バイデン選挙事務所はマスク氏を「自分のためだけに行動する傲慢なビリオネアを米国は望んでもないし必要としてもいない」と酷評したということです。

マスク氏によれば、電話口のトランプ氏はとても感じがよく、「自分の友人の何人もがテスラに乗っている」と語ったそうです。また、EV購入補助金がなくなってもテスラはライバル社ほど困らないとも発言しています。既に新車価格をエンジン車並みかそれ以下に下げているテスラにとっては、コスト競争力に自信があるので補助金の有無はそれほど販売に影響はないとみているのかも知れません。マスク氏は競争激化でレッドオーシャン化したEV販売よりも、AIを駆使した自動運転によるフリートビジネスの方が収益ポテンシャルが大きいと考えていることは、以前このコラムでも取り上げました。

このような最近の蜜月を象徴してか、6月のアリゾナ州での遊説でトランプ氏は、「ところで私はEVに大賛成だ。EVにはそれなり使い道がある。ただガソリン車やハイブリッド車を買いたい人がいれば、買うことができるだろう」と発言しており、これまでのEV嫌いからの変化(首尾一貫性のなさ?)が窺えます。

画像: 最近トランプ氏がよく電話してくると株主総会で打ち明けたマスク氏。

最近トランプ氏がよく電話してくると株主総会で打ち明けたマスク氏。

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