スバル独自の運転支援システム、「アイサイト(EyeSight)」は、2008年に導入されたもので、以来16年、着実に進化を続けている。今後はステレオカメラの画像認識にAIが活用されることになる。ここではその進化の過程と最新のアイサイトの実力を探ってみた。(タイトル写真はイメージ)

「2030年死亡事故ゼロ」に向けてAIを活用

スバルは2024年4月19日、ステレオカメラの認識処理とAI推論処理をより確実なものとするため、次世代アイサイト向けに「AMD」製高性能SoC(System on a Chip)を採用すると発表した。この採用は、かねてよりスバルが掲げてきた「2030年死亡事故ゼロ」の実現をより確実なものにすることが目的だ。

そもそもアイサイトはスバルによって2008年に開発された運転支援システムで、世界で初めて「ステレオカメラだけで自動ブレーキや、全車速追従機能付きクルーズコントロールを実現したシステム」として登場した。その後、2010年には「アイサイト ver.2」で、自動ブレーキによるクルマの完全停止を実現。これを指して「ぶつからないクルマ」というキャッチコピーにより、アイサイトが広く認知されるようになった。

画像: スバルが次世代アイサイトで採用するAMDのFPGA統合SoCの第2世代製品。

スバルが次世代アイサイトで採用するAMDのFPGA統合SoCの第2世代製品。

また、2014年にはアイサイトVer.3の搭載で衝突回避性能を大幅に向上させ、その結果、スバル車1万台あたりの追突事故発生率はわずか0.06%にまで低減(スバル調べ)できるまでになった。そして、2020年からは“新世代アイサイト”として単眼カメラを追加し、近距離用ミリ波レーダーも併用することで360度センシングを実現。右直事故や出会い頭事故の低減に寄与している。

そのアイサイトが「2030年死亡事故ゼロ」の実現を確実にする次世代アイサイトために採用したのが、AMD製SoCというわけである。

ステレオカメラにこだわるスバルの開発者

スバルはこの次世代アイサイトでもステレオカメラをADASのメインシステムとする予定だ。他社がカメラとは別にミリ波レーダーを遠距離用に使ったり、一部にはLiDARの採用を進める中にあって、スバルは徹底してステレオカメラにこだわる。しかも、ステレオカメラユニットの小型化が叫ばれる中にあっても、そのカメラの幅を変更しないままだ。そこまでステレオカメラにこだわる理由はどこのあるのだろうか。

実はアイサイトの立ち上げ時からシステム開発に関わっていたのが、大手電機メーカーである日立製作所(以下:日立)だ。その日立が2015年頃に小型化したステレオカメラを開発し、試作機のデモをテストコース上で筆者に見せてくれたことがある。その開発の目的は言うまでもなくアイサイトの小型化を念頭に置いてのことだった。しかし、スバルがその試作機の検証を行ったところ、満足いく視差が得られないとのことで採用には至らなかったという。

画像: アイサイト開発30年の軌跡。

アイサイト開発30年の軌跡。

この件に関してスバルのADAS開発を担当する責任者に訊ねると、「速度域が上がってくるとより遠くの状況を視認できることが重要で、そのために一定のカメラ幅は欠かせない。これは単にカメラの解像度を上げただけでは不十分」との回答だった。最新のアイサイトではセンシング能力を高めるために、解像度を従来比で約2倍にまで高めているが、左右のカメラ幅はほぼ変わっていない。つまり、十分な視差を得るために現状のカメラ幅は維持する必要があるとスバルは考えているわけだ。

画像: 徹底してステレオカメラにこだわるアイサイトの特徴。

徹底してステレオカメラにこだわるアイサイトの特徴。

カメラ画像には莫大な情報が詰まっている

とくにカメラは対象の形状を認識しやすい特徴を持ち、たとえば歩行者であるのか自転車であるのか、さらには車両の形状までも把握できる。そのメリットは大きい。ただ、この能力は可視光環境下での話だ。これが雨が降ったり、日が落ちて明るさが不足すれば、自ずとセンシング能力は落ちてくる。

一方でミリ波レーダーは、対象の形状を把握するまでの解像度を持つことは難しいが、昼夜を問わず安定してセンシングでき、雨に対しても強みを発揮できる。そのため、理想的にはカメラとミリ波レーダーなどを組み合わせて使うことになる。しかし、そこで問題となるのがコストだ。スバルは新世代アイサイトで近距離のミリ波レーダーを搭載したが、これを遠距離まで対応させるとなれば相応のコストがかかり、それは車両価格に跳ね返る。

そこでスバルが次なる手法として採用するのが、ステレオカメラを採用した上でより低コストで対応できるAIの活用である。AIはディープラーニング、深層学習などで学習した膨大なデータを基に、推論・推測すべき対象が何であるかを瞬時に判定できる能力を持つ。たとえば、路上に横たわっている人がいた場合に、カメラだけでは道路と同化してしまい判別が難しい。しかし、ここにAIを活用すれば、それが人として認識できるようになるのだ。

画像: 可視光で捉えるステレオカメラとAI (ディープラーニング、深層学習など)の融合。

可視光で捉えるステレオカメラとAI (ディープラーニング、深層学習など)の融合。

また、ADASによるセンシングでは、白線を認識することで制御することが多いが、現実には白線がない道路は少なくないし、さらに言えば積雪路ではセンターラインどころか路面からの情報は何も得られない。スバルによれば、こうした状況下でもAIを活用することで走行できるようになり、しかもスバルでは自動運転に欠かせないと言われてきた高精度マップさえ不要だという。これはまさに、人間がハンドルを握っている状況に近い。

莫大な情報から必要なものを取り出すAI

一方でカメラによるセンシングでは得られる情報量が極めて多いため、その中から必要な情報を抽出するには高い処理能力が求められる。そこでAMDが開発したSoCの出番となる。

次世代アイサイトに使われるチップは「AMD Versal AI Edge Series Gen2」。スバルによればこのSoCは「前世代と比べて3倍の処理能力」を持つ一方で、アプリケーションプロセッサー(APU)のほか、回路構成を電気的に書き換えられるFPGA(Field Programmable Gate Array)などを搭載し、これが高いカスタマイズ性を発揮する。スバルとしては、採用に当たって独自に性能を上げたいところと、逆に落としたいところがあったという。つまり、この高いカスタマイズ性がAMD製SoCが採用に至った理由なのだ。

画像: ステレオカメラとAIの適用領域を拡大することでロバスト性・信頼性向上を目指す。

ステレオカメラとAIの適用領域を拡大することでロバスト性・信頼性向上を目指す。

スバルではすでにこのSoCの試作チップの評価試験に入っており、目指す将来のロードマップに必要な要件を満たしていることを確認。今後は必要な内容にカスタマイズしながら最適化を図っていく計画だという。新世代アイサイトに搭載される時期については「2030年までに」とのことだが、スバルとして「2030年死亡事故ゼロ」を目指している中で、その達成に寄与できるタイミングでの搭載となるのではないだろうか。次世代アイサイトがどんな制御を見せてくれるのか、楽しみに待ちたいと思う。

●著者プロフィール
会田 肇(あいだ はじめ)1956年、茨城県生まれ。大学卒業後、自動車雑誌編集者を経てフリーとなる。自動車系メディアからモノ系メディアを中心にカーナビやドライブレコーダーなどを取材・執筆する一方で、先進運転支援システム(ADAS)などITS関連にも積極的に取材活動を展開。モーターショーやITS世界会議などイベント取材では海外にまで足を伸ばす。日本自動車ジャーナリスト協会会員。デジタルカメラグランプリ審査員。

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