上海モーターショーには地元の中国メーカーをはじめ世界の有力なメーカーが参加しましたが、その勢いという点では中国メーカーに軍配が上がったようです。しかし、いち早く中国市場に参入した欧米メーカーも手をこまねいているわけではありません。熾烈な販売競争が繰り広げられている中国市場の現状を見ていきます。

まずフォルクスワーゲンとGMが存在感を示す

1984年に上海汽車と合弁で外国メーカーとして初めて中国市場に参入し、「サンタナ」シリーズなどで長年トップの地位にあったのはフォルクスワーゲンです。1991年には、吉林省の長春市を拠点とする第一汽車とも合弁会社「一汽大衆」を設立し、中国が21世紀の扉が開く前に再び開放政策に転じ、自動車産業に外資導入の門戸を開くまで長く独占的な地位にありました。

1990年代後半からの開放政策を受けて、世界の主要自動車メーカーが中国の自動車会社と合弁を組んで進出する動きが殺到しました。その先陣を切ったのが、当時世界No.1自動車メーカーのGMでした。上海汽車(SAIC)との合弁会社「上汽GM」を設立し、1999年に上海工場を立ち上げて勢いに乗り、同社の「ビュイック・リーガル」は、高級官僚御用達で上級車の代名詞でした。

画像: 2005年式「ビュイックリーガル」中国高級官僚の御用達車としてかつて人気を誇った。

2005年式「ビュイックリーガル」中国高級官僚の御用達車としてかつて人気を誇った。

これにBMW、メルセデス・ベンツ、ボルボなどの欧州プレミアムブランドや韓国の現代自動車や起亜が続き、やがて2001年の中国のWTO加盟を機に、慎重だった日本メーカーも本格的に進出していきます。

中国市場は、2013年には世界で初めて2000万台を超え(2190万台)、この年、VWグループは主力のVWブランドにアウディやシュコダなどを含め303万台を販売。8割を占める乗用車市場のシェアは16.9%で、首位は維持したものの、かつて20%以上あったシェアは次第に下降していきました。2位のGMは164万台で、乗用車市場シェアは9.2%でした。

画像: 上海VWの小型セダン「ラヴィーダ」は、2009年に北京モーターショーで発表された。最新の1.4LのTSIエンジンを搭載し常時販売トップ5に入った人気モデル。一汽VWの「サギター」とは姉妹車。写真は2012年〜の第二世代。

上海VWの小型セダン「ラヴィーダ」は、2009年に北京モーターショーで発表された。最新の1.4LのTSIエンジンを搭載し常時販売トップ5に入った人気モデル。一汽VWの「サギター」とは姉妹車。写真は2012年〜の第二世代。

10年後の2022年の総市場は2686万台で、VWグループは318万台を販売し乗用車市場のシェアは約12%、GMは出資する上汽通用五菱汽車分を含めて230万台で総市場でのシェアは8.6%となっています。

メーカーの国別シェアを2013年と2022年で比較すると、ドイツ勢は、18.8%→19.7%。米国勢が13.0%→9.4%、日本勢が17.1%→18.3%、韓国勢は大きく後退して、8.8%→1.6%となっています。この間、中国メーカーのシェアは、38.4%→50.7%と躍進しました。(出展:マークラインズ)

中国市場の販売競争は熾烈に

2023年の中国の自動車市場は、1〜2月が昨年終了した新エネ車補助金の需要先食いの影響などで15%以上の大幅減でしたが、3月は前年同月比+9.7%と持ち直し、1〜3月では−6.7%でした。VWや日本車ブランドが軒並み3割以上減と苦戦する中、新エネ車(NEV)は+35%と好調を維持しました。

4月26日に米ブルームバーグが報じたところによると、1〜3月に44万台を販売したBYD(シェア10.8%)が、42万7000台のVW(同10.2%)を抜き、初めてブランド別で販売トップに立ったようです。NEV市場におけるBYDのシェアは38.8%で、2位のテスラ(10.5%)を大きく引き離し、NEVがこの歴史的首位交代の原動力となったことがわかります。

今年に入り、EVの競合車もさらに増え、消費者が購入の様子見する中で、テスラを筆頭に大部分のメーカーは大幅な値下げや赤字覚悟の値引きを余儀なくされています。EVの人気に押されたガソリン車は特に売れ行きが厳しく、地域によっては補助金も含めて40%も値下げとなった車種もあるようです。

中国市場は、2800万台を超えた2017年をピークに、ここ数年は2600〜2700万台レベルで推移しています。力をつけた中国メーカーが、先行した外国メーカーの牙城をNEVを武器に切り崩しつつある世界で最も熾烈な市場といえるでしょう。

完成車輸入は微々たるものですから、合わせて3000万台近い生産能力を持つ工場の操業を維持するためには、赤字を出しても販売シェアの維持に走らざるを得ないのが現状です。魅力ある製品やソフトを競争力ある価格で提供できなければ、実績ある欧米メーカーさえも振るい落とされてしまう状況にあるようです。

欧米勢はシェアを守れるか

4月の上海ショーで、VWはEVのトップモデルのセダン「ID.7」を発表し、GMもEV専用プラットフォーム「アルティウム」を採用したSUV「ビュイックELECTRA E5」を20〜27万元で発売するなど巻き返しを図っています。

画像: フォルクスワーゲンは、IDシリーズの最上級モデル「ID.7」を発表。下降の止まらないシェアの挽回の切り札となるか。

フォルクスワーゲンは、IDシリーズの最上級モデル「ID.7」を発表。下降の止まらないシェアの挽回の切り札となるか。

世界販売における中国の比率が3割を超えるアウディ、BMW, ダイムラーのジャーマン3はCEOが揃って上海入りしましたが、アウディは2026年から参戦するF1のレーシングカーのお披露目、BMWは「i7」のMモデル、メルセデスは「マイバッハSUV」といずれも派生的モデルの発表でした。3社は中国でそれぞれ年間60万台前後を販売してプレミアム市場で激しく競っていますが、高級化路線を進める中国ブランドが台頭してくる中、そのシェアを守るのも容易ではなさそうです。

画像: メルセデス・ベンツは最上級EV EQSベースの「マイバッハEQS SUV」を発表。フロントデザインは中国のテイストを反映か。

メルセデス・ベンツは最上級EV EQSベースの「マイバッハEQS SUV」を発表。フロントデザインは中国のテイストを反映か。

トヨタ、ホンダ、日産の3大ブランドを中心に年間約550万台と中国で20%近いシェアを持つ日本車メーカーも真剣です。上海では、トヨタが「bZ」シリーズの市販が近そうなコンセプトモデルを2車種、CR-Vが中国でも一番人気のホンダは電気自動車「e:N」シリーズのSUVを3車種、日産はSUVとオープンカーのEVコンセプトモデルを発表するなど、日本メーカーのEV展開も、日本国内よりも販売台数の多い中国市場がかなり先を行っています。

画像: 日産「MAX -OUT」。大半の展示が発売間近のSUVやクロスオーバーだったのに対し、未来的デザインのオープンスポーツカーを展示。ホログラムを採用するなどバーチャルとリアルを繋ぐエレクトリックエイジのクルマを垣間見せた。

日産「MAX -OUT」。大半の展示が発売間近のSUVやクロスオーバーだったのに対し、未来的デザインのオープンスポーツカーを展示。ホログラムを採用するなどバーチャルとリアルを繋ぐエレクトリックエイジのクルマを垣間見せた。

中国からの輸出が急増。EVが輸出を牽引

中国で生産された自動車の輸出も近年急速に増えています。昨年の輸出台数は2年前の4倍の310万台で、中国は日本に次ぐ世界第2位の自動車輸出国になりました。乗用車は250万台で、このうち67万台が新エネ車です。

牽引したのは、上海工場から「モデルY」を27万台欧州に輸出しているテスラで、これに欧州で昨年11万台以上販売した往年の英国ブランドMGやボルボのEVブランド「ポールスター」が続きます。他にもルノーの保有する欧州の廉価車ブランドの「ダチア・スプリング」やBMWの「iX3」などが欧州やアジアに輸出されています。

画像: 「MG サイバースター」往年のイギリスのスポーツカーブランドは、2005年に南京汽車(現在は上海汽車傘下)に買収されたが、昨年欧州で11万台以上を販売しトップ中国ブランドとなった。上海では、2024年発売予定のEVロードスターを発表。

「MG サイバースター」往年のイギリスのスポーツカーブランドは、2005年に南京汽車(現在は上海汽車傘下)に買収されたが、昨年欧州で11万台以上を販売しトップ中国ブランドとなった。上海では、2024年発売予定のEVロードスターを発表。

昨年来、BYDやNIO、SAICなどの中国メーカーがEVが拡大する欧州各国に販路を広げつつあり、今年は新エネ車の輸出がさらに加速しそうです。昨年、欧州では20万台の中国メーカー車が販売(シェア1.4%)されましたが、2025年にはこれが80万台(市場の約8%)に拡大するとの予想もあります。

米国勢も、GMはビュイック「エンビジョン」を2016年から本国に輸出しており、フォードは上級ブランド「リンカーン」が北米で販売するSUV「ノーチラス」を2024年モデルから、カナダ製から中国製に切り替えると発表しました。

画像: 老舗の米高級車ブランド「リンカーン」は、新型SUV「ノーチラス」の本国販売モデルをカナダ生産から中国生産に切り替えると発表。

老舗の米高級車ブランド「リンカーン」は、新型SUV「ノーチラス」の本国販売モデルをカナダ生産から中国生産に切り替えると発表。

米オートモティブ・ニュースによれば、上海ショーで25社以上の自動車メーカーのトップと会ったフランスの一次サプライヤーのフォーレシアのパトリック・コラーCEOは、「(平均的な価格帯で)今後、中国車が価格とテクノロジーをリードするだろう」と指摘していますし、ステランティスのカルロス・タバレス社長は、今年1月のラスベガスのCESで「欧州市場は何らかの保護的な措置を取らない限り、4割もコストの安い中国メーカーとの壮絶な競争になるだろう」と警鐘を鳴らしました。

過去20年間、中国の自動車市場に巨額の投資をし、最近まで中国ビジネスの成功に満足していた欧米メーカーの首脳たちは、今日の中国市場での血みどろの争いと、本国での脅威がこんなにも早く訪れるとは、想像していなかったのでないでしょうか。

「中国標準」が目前に?

自動車産業に遅れてきた中国は、2015年の5カ年計画で、2025年までに「中国製造2025」、2035年に「中国標準2035」を実現するとし、「科技強国」や「交通強国」、「ネット強国」など9分野で強国戦略を掲げました。

みずほ銀行主任研究員の湯進氏によれば、「その戦略の背後にあるシナリオは、巨大な自国需要を生かし、多くのテック企業が参入することにより、日米欧企業が寡占する産業・バリューチェーンを根底から再構築して、チャイナ・デファクトスタンダードを握ることだ※」そうです。
※湯進著「中国のCASE革命」

今の勢いを見ていると、中国自動車産業はその道のりを着実に、いや、それ以上のペースで突き進みつつあるように思えます。中国国内はもとより、欧州では既にその兆しが見えますし、日本にもBYDジャパンが販売店100店舗体制を掲げて参入しています。

タイでは、中国最大のメーカーSAICが既に工場を持っていますが、BYDと新興EVメーカーの「ホゾン(合衆新能源汽車)」は今春タイ工場の起工式を実施しました。マツダやフォードと組む重慶市の「長安汽車(Changan)」は東南アジアに、トヨタやホンダ、三菱と合弁する「広州汽車(GAC)」はかねてから米国進出を表明していますが、インドにも工場進出する意図を持っているようです。

中国メーカーの車が、欧州やアジアで相当のシェアを占める日が、そう遠くないうちに来るのかもしれません。

●著者プロフィール
丸田 靖生(まるた やすお)1960年山口県生まれ。京都大学卒業後、東洋工業(現マツダ)入社。海外広報課、北米マツダ(デトロイト事務所)駐在をへて、1996年に日本ゼネラルモーターズに転じ、サターンやオペルの広報・マーケティングに携わる。2004年から2021年まで、フォルクスワーゲングループジャパン、アウディジャパンの広報責任者を歴任。現在、広報・コミュニケーションコンサルタントとして活動中。著書に「広報の極意−混迷の時代にこそ広報が活躍できる」(2022年 ヴイツーソリューション)がある。

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