ある天才オランダ人ドローン技術者の物語
今回の物語の主人公は、とあるオランダ人ドローン技術者兼パイロット「Ralph Hogenbirk(ラルフ ホーゲンバーク)」。彼もまた、テクノロジー系のスタートアップではあるあるとも言えるガレージでの個人的な趣味に始まり、その後人生が大きく変わることになる。
今から10年前、およそ25歳の時、ラルフ ホーゲンバーク氏(別名Shaggy)は初めてドローンの世界に足を踏み入れた。最初は会社勤めをしながら行う趣味に過ぎなかった“ドローンいじり”だが、ドローン技術の急速な進化につれて、いつしか趣味の範疇を超えてどんどん深く関わるようになっていった。
まずドローンを自作するようになり、続いてドローンレーシングリーグ(ドローンレースの国際プロリーグ)への出場を果たし、最終的には2020年の「Red Bull Valparaíso Cerro Abajo(レッドブル バルパライソ セロ アバホ)」というMTBアーバンダウンヒルレースの撮影を担当するまでになった。
そしてその集大成として、レッドブルチームの最新F1マシン「RB20」を追従可能なカスタムFPV(一人称視点)ドローンを作り上げるという偉業を達成したのである。
速度ではなく「コーナリング性能」が問題だ
このような性能を備えた超ハイスペックドローン開発の道のりには、当然のことながら途方もない困難が伴った。要求スペックは、コーナー付近での加速・減速シーンにおいてF1マシンに匹敵し、かつ一周5.8kmのサーキットをフル走行できるバッテリーを搭載した上で、さらにモーター等がオーバーヒートしてしまうことなく安定してパワーを発揮できることを確認するという、前代未聞の課題を処理することが求められた。
ただ意外なことに、この世界最速の撮影用ドローン制作で最も難しかったのは最高速度の確保ではなくコーナーリング性能であり、直線だけならF1マシンに追いつけるかもしれないドローン開発の試みはすでに存在していたそうだ。
具体的には約370km/hまで出せるドローン開発プロジェクトがいくつか存在していたものの、どれも一回のテスト飛行で最高速度更新することを目的としたロケット型のものばかりで、一回の飛行に耐えられる程度の耐久性しか持たず、しかも超軽量でバッテリーも小さく撮影機器も搭載していないものしかなかった。
つまり、ホーゲンバーク氏率いる開発チームに求められていたのは、最高速を確保しつつ、撮影機材も追加してコーナーを処理するための「空中での制御技術」が課題として立ちはだかったのである。
そこで、最初に目をつけたのが重量ではなく空気力学であり、空力的に最大限効率の良いものを作ればバッテリーを長持ちさせることにもつながると考えた。
また、2番目に重視したのはいたずらに最高速を求めるのではなく耐久性にも焦点を当てることで、バッテリーからモーター、プロペラに至るまで、すべてのパーツを限界以下で動作させることにより、効率を上げつつもドローンが壊れないようにすることに注意したそうだ。