社内公募制度から事業化されたプロジェクト
1980年代国内バイクブームのころ、各社が覇権を争った原付一種(〜50cc)スクーターを作らなかったなどの事実から、カワサキはコミューター的モデルは作らないメーカー・・・というイメージが強い。2022年5月に、2023年春の発売を予告していた「noslisu」シリーズは、その点でかなり異色なカワサキ製品といえるだろう。
2020年4月から始まった川崎重工の社内公募制度「ビジネスアイデアチャレンジ」に選定されたnoslisuは、事業化前のクラウドファンディングを2021年5月から開始。そして限定販売された電動アシスト自転車仕様50台とフル電動仕様50台は、即日完売するほどの人気を博したそうだ。
コミューターの有り様には様々な意見あれど、とどのつまり3輪が理想的!?
電動アシスト自転車のnoslisとnosulis cargoは180W、フル電動のnoslis eは500Wのブラシレスインホイールモーターを採用。電動アシスト仕様はアシストの度合いに応じ3段階切り替え可能。そしてフル電動仕様は、モーター出力をモード1および2に切り替えることができる。
電動アシスト仕様、フル電動仕様ともに動力用リチウムイオンバッテリーはサドルポスト後方に配置されるが、前者用は24V/9.8Ah・1.9kg、後者用は48V/14.7Ah・3.6kgと異なる規格で互換性はない。なおどちらの仕様も、取り外しての充電とプラグイン充電の両方に対応している。
車体に関するnoslisuシリーズの最も特徴的なポイントは特許取得済みの、カワサキ独自の2輪ステア機構だろう。このメカニズムは3輪の安定性と、一般的な2輪自転車に近い自然な操縦性を両立している。上述の、昨年5月に開催されたイベントの、会場内に設定された試乗コースで電動アシスト仕様、フル電動仕様のnoslisuを試す機会があったが、確かに走り出してすぐnoslisuの操縦法を理解することができた。誰もが2輪の自転車から乗り換えても躊躇(ちゅうちょ)することはない・・・それくらい違和感は少ない。
余談ではあるが・・・新発売のnoslisuシリーズは言うまでもなくカワサキ初の電動3輪車だが、3輪車というくくりでは初ではない。特殊な例ではあるが、カワサキは1971年にW1SA(4ストローク並列2気筒623cc)をベースにしたサイドカー(太陸スタンダード)を限定販売していたりする。また1997年3月にも、カワサキはバルカン1500クラシックサイドカー(4ストロークV型2気筒、側車は英ワトソニアン製)を販売していたりする。
また一般に販売されたものではないコンセプトモデルではあるが、カワサキは2013年の東京モーターショーに、電動三輪ビークル「J」を展示していたりする。奇しくもnoslisuシリーズと同じくモーターを動力源とし、フロント2輪、リア1輪という構成を持つ「J」だが、20年の時を経てnoslisuという商品に昇華した・・・と考えるのはいささか飛躍しすぎな妄想であろう。
現在市場に流通している3輪電動アシスト自転車のほとんどは、フロント1輪、リア2輪という構造を採用している。フロント2輪・・・というモデルについては、大手メーカーではブリヂストンが「ミンナ」というモデルを販売していたが今は廃盤となっている。
20万円以下の普及型3輪電動アシスト自転車に比べると、カワサキが凝った設計を与えた電動アシスト仕様のnoslisuシリーズはかなり高価な製品といえる。ただnoslisuシリーズは積載量や荷物の積みやすさなどユーティリティー性の高さもアピールしているが、単に実用車としてのコスパを売りにする製品ではないだろう。
ピアッジオのMP3系、ヤマハのナイケン系やトリシティ系、そしてカンナム スパイダーなど、フロント2輪、リア1輪の乗り物が少なくない人々から支持されたのは、2輪にはない「安定性」をその構造から確保しつつ、2輪車並みの走りの「軽快感」を兼ね備えているのがその大きな理由である。3輪車に2輪車ほどの軽快感はない、とクレームを訴える方も、安定性の高さについては異議を唱える方はおそらくいないだろう。
スポーツ性が高い乗り物よりも、幅広い層が選ぶであろうコミューター的モデルは、3輪であることがひとつの「正義」といえるかもしれない。なぜなら、混合交通の公道で一番大事なことは、安定性がもたらす安全への寄与こそが、もっとも追求されるべきだからである。noslisuシリーズが、どのような人々に受け入れられ、どのような使い方をされるのか、今後の動静に注目したい。なおnoslisuシリーズは、すべてのカワサキ製品販売店での取扱ではない。お買い求めは全国のnoslisu取扱店から・・・となる。
●著者プロフィール
宮﨑健太郎(みやざき けんたろう)1969(昭和44)年東京生まれ。1990年よりエディターおよびライターとして、雑誌など各種メディアで活動中。専門分野は戦前〜1970年代クラシックモーターサイクル、医学ジャーナル、ツーリズム。近年は主にWEBメディアのLawrence(https://lrnc.cc)編集長として、2輪EVなど2050カーボンニュートラル関連の、国内外最新情報を発信している。愛車は1970年型BMW R60/5ほか。