バッテリーの北米生産は織り込み済み
2023年4月18日に米財務省が発表したインフレ抑制法(IRA)に基づいてEV購入にあたっての税控除対象車から、日本やドイツのEVがことごとく対象外となったことが波紋を呼んでいる(その後、北米生産のフォルクスワーゲンiD.4は対象車に)。
日本においては、とくに現地で組み立てが行われている「日産リーフ」が対象から外れたことに対して大手メディアを中心に危機感をもって報じられていたのは記憶に新しい。
IRAでは北米生産車両であることを前提に、(1)搭載する電池に使用する希少鉱物の40%以上を米国もしくは自由貿易条約(FTA)締結国内で調達また精製することで3750ドル。(2)電池を搭載するコンポーネンツの50%以上を北米で生産することで3750ドル。それぞれ減税の対象としている。
つまり、車両組み立ては言うに及ばず、事実上、バッテリーとその材料も北米およびFTA締結国から調達せよ、ということだ。あまり触れられていないが、実は米IRAに関しては、日本で採掘・加工した希少鉱物も認めることは日米間で合意されている。
しかし、そもそも日本には資源自体がない。とは言え、肝心の自動車メーカーは日産も含め至って冷静である。なぜか。すでにバッテリーも現地生産になることは織り込み済みだったからだ。ゆえに、北米でのバッテリー生産に向けて、国内メーカーを始め欧州メーカー、(そしてFTA締結国でもある)韓国メーカーも活発に投資を始めている。
日本や欧州にはバッテリー生産のための資源がない
問題は(1)である。バッテリーを組み立てる資源(材料)をどこから調達するかだ。IRAでは「搭載する電池に使用する希少鉱物の40%以上を米国もしくは自由貿易条約締結国内で調達また精製すること」となっている。
「希少鉱物」の範囲にもよるが、ただでさえ希少な資源を北米およびFTA締結国からだけで調達するのは、たとえ40%といえどもかなりハードなタスクとなりうる。
<参考>現在米国が締結しているFTA(2022年2月時点)
イスラエル、メキシコ、カナダ、ヨルダン、チリ、シンガポール、オーストラリア、モロッコ、コスタリカ、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、ニカラグア、ドミニカ共和国、バーレーン、ペルー、韓国、コロンビア、パナマ(出所:日本貿易振興機構作成資料より)
とくに日本や欧州にはバッテリー(とくにリチウムイオンバッテリー)を生産するための資源が存在せず、結果的に海外の電池メーカー(とくに中国や韓国)に頼っているのが実情だ。
安定的な大量調達を行うため、中国メーカーへの出資や合弁会社を立ち上げるなどしてきたが、今後、北米でEVを展開するにあたっては、材料調達先の再検討が求められる。
<参考>日欧自動車メーカーの主な海外バッテリー調達先(提携・合弁設立・完成品供給を含む)
トヨタ:CATL(中国)、BYD(中国)
ホンダ:CATL(中国)、LG(韓国)、エンビジョンAESC(中国)
日産:CATL(中国)、エンビジョンAESC(中国)
三菱:エンビジョンAESC(中国)
ルノー:LG(韓国)、エンビジョンAESC(中国)
フォルクスワーゲン:CATL(中国)、LG(韓国)
もちろん各社ともに自前の生産も行っているが、需要に対して十分な数を生産できない。しかも材料は輸入である。韓国LGは世界第2位のバッテリーメーカー(1位は中国BYD、3位は日本のパナソニック)だが、やはり材料は輸入に頼っている。
精製については中国が圧倒的にリード
現在主流となっているリチウムイオンバッテリーを見てみよう。「白いダイヤ」と呼ばれるリチウムは、採掘量でみるとオーストラリアが突出しており全需の5割近くを生産、次いでチリが約2割、これに中国とアルゼンチンが続いている。
推定埋蔵量では、チリ、次いでオーストラリアで、アルゼンチン、中国、北米、カナダの順になっている。実際にバッテリー用材料として「炭酸リチウム」を精製しているのは圧倒的に中国企業で、全需の6割近くに上ると言われている。
本来なら、採掘から精製まで産出国が手掛けるのが効率は良いように思われるが、精製の過程で排出される残滓(リチウムを取り出した鉱石の残滓や化学物質)の処理技術は中国が圧倒的にリードしている。対して多くの産出国は環境への影響などを理由に、精製には積極的ではない。
さらに正極材に用いられる希少鉱物は、
■ニッケル(インドネシア、フィリピン、ロシア、ニューカレドニア、カナダ)
■コバルト(コンゴ、オーストラリア、ロシア、キューバ、カナダ)
と、これまた偏在している。米国とFTAを締結しているのはカナダとオーストラリアくらいである。
また、負極に用いられる「黒鉛」の生産量も中国、インド、ブラジル、カナダ、モザンビークなどが上位に並び、中でも中国が群を抜いている。今後、カナダやオーストラリアが攻勢にでるようだが、当分のあいだは中国優勢の時代は続くだろう。
結局のところ、日本勢やドイツ勢だけでなくは北米で販売するEV(やPHEV)のバッテリーには、今後中国で生産した材料が使えなくなる(もしは最小限に抑える)。
さらに世界中でEV化が加速する状況下で、米国内だけでなくいたるところで希少鉱物の価格が高止まりする可能性すらある。希少鉱物を使用しない、もしくは使用量を減らした次世代電池の開発も盛んだが、使用をゼロにする電池の開発に成功したという話はまだ聞こえてこない。
今回の米国の決定はEVで勢いづく中国を北米市場から排除するのが真の目的ということだろうか。果たして目論見通りになるかどうか、状況は予断を許さない。