唯一の日系メーカーとしてフォーミュラEへの参戦を続ける日産自動車。量産車開発と地続きにある「1%の電力を巡るソフトウエア戦争」の裏側や、ツインモーター禁止の苦難からフルワークス化を経て世界王座を奪還した激動の足跡を辿り、レースの極限環境がもたらす市販BEVへの技術還元の真価を読み解く。

7年間の苦難と、フルワークス化という大転換点

現在の「強い日産」に至るまでの道のりは、決して平坦ではなかった。参戦初期、日産は独自の革新的な「ツインモーター技術」を投入しアドバンテージを得ようとしたが、レギュレーションの急な変更により使用禁止に追い込まれるという不運に見舞われた。

一時は開発の方向性を見失いかねない危機であったが、日産はここで退かなかった。それまで共同運営していたフランスのレーシングチーム「イーダムス(e.dams)」を買収し、日産全額出資の「フルワークス体制」へと舵を切ったのである。この決定が、停滞していたチームの勢いを激変させる最大の転換点となった。

日産のエンジニアリングとレース現場の意思決定が完全に一本化されたことで、技術開発のスピードは劇的に加速した。さらに日産は、名門マクラーレンへパワートレーンの供給を開始。グリッド上の日産製パワートレーンを搭載するマシン数を2台から4台へと倍増させた。

この「4台体制」がもたらしたデータ収集力の強化は凄まじかった。倍増した実戦データは即座に分析され、緻密なレース戦略の策定や、ソフトウエアの迅速なアップデートへと還元された。苦難を組織改革とデータ戦略でねじ伏せた瞬間であった。

東京での熱狂、そして世界王座奪還の歴史的快挙

そして2024年、日産の情熱はひとつの頂点に達する。10年越しの悲願として開催に漕ぎ着けた日本初の公道世界選手権「東京ePrix」だ。

4万人の大観衆が見守るなか、日産はオリバー・ローランドが乗る22号車でポールポジションを獲得。本戦でも激しい首位争いを演じて2位表彰台に滑り込み、BEVレースの興奮と技術力の高さを母国で知らしめた。

画像: ホームレースの東京E-Prixで2度のポールポジションと表彰台を獲得。第9戦では悲願の優勝を果たした。

ホームレースの東京E-Prixで2度のポールポジションと表彰台を獲得。第9戦では悲願の優勝を果たした。

この東京での熱狂をステップに、日産のソフトウエア技術はさらに研ぎ澄まされていく。ライバルに対して圧倒的なエネルギーマネジメント能力を発揮し続けた結果、日産は実に37年ぶりとなる「世界選手権(ドライバーズチャンピオン)制覇」という、歴史的快挙を成し遂げたのである。ツインモーターの禁止、チーム買収という苦難の歴史が、最高の形で報われた瞬間であった。

画像: ベルリンE-Prixでオリバー ローランドが世界チャンピオンを獲得。

ベルリンE-Prixでオリバー ローランドが世界チャンピオンを獲得。

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