量産車とレースの強力なシナジー「根本の概要は一緒」
世界最高峰の電動モータースポーツ「ABB FIAフォーミュラE世界選手権」。アウディやBMW、メルセデス・ベンツなどといった欧州のプレミアムブランドが参戦と撤退を繰り返すこの過酷なシリーズにおいて、唯一の日系自動車メーカーとしてグリッドに立ち続けているのが日産自動車だ。
2018年の「シーズン5」から参戦を開始した日産は、現在の「Gen3 Evo」、そして2026年後半から導入予定の次世代「Gen4」マシン時代(~2030年)までの長期参戦を、どのメーカーよりもいち早くFIA(国際自動車連盟)に誓約した。
世界の自動車産業が、ハイブリッド車の再評価とBEVの成長鈍化という複雑な要素の絡み合いで踊り場に直面するなか、なぜ日産はこれほどまで「電気のレース」に固執するのか。その答えは、単なるブランドの宣伝ではない。日産にとってフォーミュラEとは、100年以上にわたる内燃機関の歴史を塗り替え、次の100年のBEVシフトで覇権を握るための、極めて実戦的な「走るR&D(研究開発)ラボ」なのだ。

フォーミュラEでトップチームとして活躍する日産フォーミュラEチーム。
日産がフォーミュラEに身を投じる根底には、「市販車の電動化を経たブランド力の強化」という明確な一貫性がある。同社は2010年、世界初の量産型BEV「リーフ」を発売した電動車のパイオニアだ。その自負があるからこそ、電動車の最高峰レースで勝つことに特別な意味がある。
パワートレーン開発責任者は、「BEVのレースとBEVの市販車は、根本的な概要は一緒である」とコメント。従来のガソリンエンジンレースでは、レース用エンジンと市販車のエンジンの間には、構造的にも燃料的にも巨大な乖離があった。しかし、BEVにおいては「バッテリーから電力を得て、インバーターで制御し、モーターを回してタイヤに伝える」という基本構造が、レースマシンも街を走る軽乗用BEV「サクラ」も完全に同一である。
つまりフォーミュラEは、日産が長年培ってきた量産BEVの技術をそのまま活かせる世界であり、同時にレースという極限環境で削り出された知見を、最も市販車にフィードバックしやすい領域なのだ。この強烈なシナジーこそが、日産を動かす最大の原動力となっている。
EVシフトの鍵を握る「エネルギーマネジメント」と「ソフトウエアの力」
フォーミュラEの進化は、現代のBEVが抱える「バッテリーの重さと航続距離」という課題の縮図である。
第3世代(Gen3)マシンとなり、最高速は320km/hへと大幅に引き上げられた。その一方で、マシン軽量化のためにバッテリー容量は47kWhへと小型化されている。ベーシックな日産 リーフ B5(55kWh)よりも小さなバッテリーで、高速のレースを戦い抜かなければならない。
この矛盾を解決するのが、フロントモーターを活用した「電力回生」だ。Gen3マシンは、減速時のエネルギーを利用して、レースで使用する全電力の約40%を自ら走りながら回収(発電)する。これを実現するためには、コンマ1秒単位で電気の流れを制御する、極めて高度な「エネルギーマネジメント技術」が要求される。
そして、このエネルギーマネジメントの主戦場となるのが「ソフトウエア」である。フォーミュラEのマシンは、モーターやバッテリーといったハードウエアの形状を変更できなくても、コンピューターの制御プログラム(ソフトウエア)の設定をひとつ変えるだけで、マシンの挙動や速さが劇的に変化するという特性を持つ。
事実、レースの合間に日産のエンジニアたちが深夜までデータの解析とソフトウエアの改修を行い、翌日の予選で見違えるような速さを披露した事例がある。これは「BEVの性能はハードウエアだけでなく、ソフトウエアによる制御の積み重ねで決まる」という、今後の市販BEV開発の未来を明確に先取りした事実にほかならない。
