東京湾岸エリアで開催されるフォーミュラEのナイトレース。「環境への配慮」を至上命題とするEVレースにおいて、一見すると矛盾とも思える夜間の照明使用に踏み切った背景には何があるのか。大会を支える先進的なエネルギーインフラや、主催者と開催都市が描くビジネスの展望など、様々な視点からその意義を読み解く。

ナイトレースで真価を発揮する「エモーション・クラブ」

ナイトレース化の恩恵をもっとも受けるのが、フォーミュラEの初年度(2014年)から世界各国の開催地で運用され、2024年の東京初開催時にもビッグサイト周辺に設営された最高級VIPホスピタリティ「エモーション・クラブ」である。

エモーション・クラブのチケットは数十万円から数百万円に達し、世界中からグローバル企業のCEOや投資家、セレブリティが集結する。ここは単なる「VIPの観戦席」ではなく、最先端技術やグリーン投資にかかわる商談が裏で行われる、究極のB2Bネットワーキング空間である。

「サステナビリティ」と「ラグジュアリー」は相反するものではなく、最先端のEVレースをハブに、世界のエグゼクティブを東京の夜に集め、新たなビジネスと投資を生み出す。ナイトレース化は、エモーション・クラブに付加価値を与えるものでもある。

照明インフラの「100%ゼロエミッション」実証

そして3つ目の狙いが、スマートモビリティの文脈においてもっとも価値のある「究極のインフラ実証実験」である。

公式声明において、フォーミュラEは「イベント全体の電力を100%持続可能エネルギーでまかなう」と明言している。これを可能にしているのが、HVO(水素化植物油)などの先進的なバイオ燃料、あるいは再生可能エネルギー由来の水素を利用した最新鋭のゼロエミッション・ジェネレーター(発電機)によるネットワークだ。

既存の都市電力網に一切の負荷をかけない完全独立のシステムを使って、巨大イベントで消費する莫大な電力をクリーンに生み出し、コース全体を昼間のように照らし出す。

2026年大会のタイトルパートナーにTDKが就任したことも、この技術的実証の重要性を象徴している。電子部品やエネルギー管理技術で世界をリードする日本企業が支えるこの大会は、「エコ=我慢して暗い夜を過ごすこと」という古い価値観を払拭する。

画像: フォーミュラE シーズン12全体のオフィシャルパートナーとしてもTDKが参画。フォーミュラ E CEO ジェフ・ドッズ氏とTDK代表取締役 社長執行役員CEO 齋藤 昇氏。

フォーミュラE シーズン12全体のオフィシャルパートナーとしてもTDKが参画。フォーミュラ E CEO ジェフ・ドッズ氏とTDK代表取締役 社長執行役員CEO 齋藤 昇氏。

「最新テクノロジーを駆使すれば、環境負荷ゼロのまま、これほどまでに明るく、熱狂的で、贅沢なエンターテインメント空間を都市の中心部に創出できる」という、世界に向けたマニフェストが、この東京の夜なのである。

「夜の公道」がもたらす市販EVへの技術還流

最後に、サーキットで戦う自動車メーカー・・・特に日産をはじめとするマニュファクチャラーにとって、ナイトレースの価値とはなにか。

フォーミュラEはメーカーにとって「走る巨大な実験室」だ。日中とは異なり、太陽光が遮断された夜間の公道は、路面温度が急激に低下する。温度変化に極めて敏感なEVのバッテリーパックの熱管理や、サーキット路面より摩擦係数が低いアスファルトの上でタイヤのグリップをいかに引き出し、回生ブレーキによる電力回収効率を最大化するか。

前述のとおり、フォーミュラEは「1%の電力を巡るソフトウエアとアルゴリズムの戦い」である。夜の東京という、バンピーな路面環境で収集された膨大なデータは、すぐさま日産の開発拠点(横浜市)へフィードバックされ、アリアやサクラなどの市販EV、そして次世代Vの航続距離延長や、e-4ORCEをはじめとする四輪制御技術のアップデートへと直接的に還流されていく。

過酷な条件になればなるほど、メーカーが得られるデータの価値は跳ね上がる。夜の公道レースは、市販EVの未来を数年分ショートカットさせるための、極限のR&D(研究開発)の現場なのだ。

フォーミュラEの東京ナイトレースは、単に開催時間をズラしただけのイベントではない。前述してきたとおり、巨大な思惑とファクトが複雑に交差する「未来の社会インフラの縮図」である。モータースポーツが真の意味で「社会の課題解決」と結びついた瞬間を、東京の夜に目撃できるかもしれない。


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