新たなモビリティも適切なガイドがあってこそ活きる
浜松市では現在、「Society5.0」時代のまちづくり実現へ向け、同市天竜区で豊かな自然や暮らしを残しつつ、テクノロジーで支える「人にやさしいまち」の実現を目指している。その一環として進めているのが「はままつスタートアップ・イノベーション拠点形成事業」だ。この事業の目的は、市内外の企業と協力し、地域の課題解決をテーマとした新しいビジネスを生み出す仕組み作りだ。
その実現にあたって今年度のテーマの一つとしたのが、浜松市が強みとしている「モビリティ」の分野だ。今年8月にはその第一弾として「高齢者モビリティ×鉄道」をテーマとし、スズキが提供する電動車椅子「セニアカー」で天竜浜名湖鉄道に乗車できるか実証実験を実施。体験者からも好評を得たという。
ここで忘れてならないのが高齢者が出掛けるためには、そのきっかけ作りがとても大切ということだ。高齢者は一般的に行き先が不案内だったりすると、どうしても出掛けるのが億劫になりがちになる。
この課題を解決できない限り、いくら移動できるモビリティが提供されても真の意味で自由な街歩きにはつながらない。それを解決する方策について、セニアカーを提供するスズキは様々な議論を交わしていた。
そんな矢先、白羽の矢が立ったのが、独自の音声ナビを開発した「LOOVIC」だった。ルービックは地図に頼らず、風景を楽しみながら目的地へと誘導できる音声ナビで、誘導はユーザーが自らアプリに録音したガイドによって行われる。
たとえば、高齢者が出掛ける際にはその家族が行き先までの経路を実際に現地へ赴いて録音して位置情報とリンクさせる。すると周辺にある目印や路面の状況などを音声で案内することができるようになる。これにより行きつけの病院やスーパー、あるいは郵便局や銀行などに道順を間違えることなく行けるようになるわけだ。
この「LOOVIC」を開発したのは、「そのきっかけが空間認知障害を持つ我が子の存在だった」と話す山中享さんだ。
山中さんによれば、この障害を持っていると地図を見ながら移動するといった同時に複数の作業を行うことが難しいという。そこで山中さんは、特徴のある場所を繰り返し憶えさせたり、道を憶えるトレーニングを繰り返してきたが、思うような結果は出せなかったと振り返る。
この負担をできる限り少なくする方法はないか。同じ悩みを抱えている人は他にも多くいるはず。IT企業に勤めていた山中さんは、ナビゲーションとは畑違いだったものの、そんな思いの中でアプリの開発をスタートさせた。2019年のことだ。
そうした中で山中さんが参加したのが、各業界をリードする大企業と世界中の最先端スタートアップを結びつける「スクラムスタジオ」が主催するイベントだった。このイベントは「ニューノーマル時代のスマートシティ」をテーマとして、世界中のスタートアップと連携/事業共創を行うことを目的とする。
ここで、高齢者が出掛けるきっかけとなる糸口を模索していたスズキとの出会いがあった。このLOOVICが持つコンセプトがその課題解決の糸口につながるかもしれない。そう感じたスズキがその効果を試す目的で今回の実証実験に参加したというわけである。
実証実験の具体的なテーマは「高齢者モビリティ×音声ナビ」。スズキの電動車椅子「セニアカー」に乗車した同社社員が、ルービックが開発した音声ガイドアプリを使い、初めて二俣町を訪れた高齢者が街歩きに役立てるという想定で実験は進められた。これは浜松市が進める「モビリティ」をテーマとする取り組みの第二弾ともなる。
案内のタイミングがいいので非常にわかりやすい
セニアカーは高齢者等が運転免許なしで乗車できる「ハンドル型電動車いイス」。使用したのは上位モデルの「ET4D」で、最高速度は早足で歩く速度とほぼ同じ6km/h。1回の充電による航続距離は最大31kmで、運転免許なしで歩道を走行できるのがポイントとなる。
一方のルービックが提供する音声ガイドアプリは10月下旬より提供が始まったスマホ向け「LOOVIC Light」。これまでは首に引っかけて使う骨伝導のスピーカーを使用していたが、このアプリの提供により、スマホのスピーカーや手持ちのイヤホンを使っての利用が可能となった。アプリには二俣町の観光ガイドによる音声が収録済みで、地元を知り尽くしたガイドならではの案内が行われた。
体験をスタートさせて通りに出ると、「ここから県道の歩道になります。歩行者、自転車が通りますので気をつけて下さい」とガイド。少し進むと「右手にセレモニーホールが見えます。この交差点を右に曲がって手前の横断歩道を渡ります」と誘導した。また、「右手には古いトンネル跡が見えます」、「路面に段差がありますので注意して下さい」など、街の景観や走行する路面状況なども合わせて案内していた。
体験を終えて感じたのは、案内のタイミングが極めて適切だったことだ。これは録音する人が現地に赴いて、周囲の状況を確認しながら録音しているからで、その録音時間は聞いている人が理解しやすい15秒以内としているのも効果的だったように思う。また、次の案内までも人間が歩く速度4km/hに合わせて“間”を取って収録するようになっているそうで、そうした絶妙なバランスがわかりやすさを生んでいるように感じた。
音声もPCMによる録音方式となっていたことで電子合成音を使うよりも聞きやすく、特に高齢者や障害を持つ人にとっては、普段から聞き慣れた声により安心感も生むのではないかと思う。ただ、案内のタイミングはGPSで提供される以上、建物の反射などによる誤差が発生することは当然想定され、そういった場所での対策は今後の課題とした。
この日は、他にも映画の舞台となった天竜二俣駅周辺の見学会が開かれ、浜松市がSociety5.0のまちづくりのイメージや考え方を紹介。首都圏と浜松市内との企業交流会も開催され、今後の「鉄道×モビリティ」の展開についてもディスカッションの場が設けられた。浜松市ではこうしたイベントを通じ、広域で企業間交流の機会を設けながら今後も共創体制の構築、仲間作りにつなげていくことにしている。
●著者プロフィール
会田 肇(あいだ はじめ)1956年、茨城県生まれ。大学卒業後、自動車雑誌編集者を経てフリーとなる。自動車系メディアからモノ系メディアを中心にカーナビやドライブレコーダーなどを取材・執筆する一方で、先進運転支援システム(ADAS)などITS関連にも積極的に取材活動を展開。モーターショーやITS世界会議などイベント取材では海外にまで足を伸ばす。日本自動車ジャーナリスト協会会員。デジタルカメラグランプリ審査員。