レーザー光による無線給電は効率向上が課題
近年、無線給電技術への関心が高まっており、レーザー光を用いた送電技術にも注目が集まっている。ただし、従来のレーザー無線給電技術では、とくに大気中で長距離レーザー光が伝搬すると、強度分布が不均一となり、受電する側の光電変換素子においてレーザー光を電力に変換する際の効率が低くなってしまうことが重要な課題となっていた。

光無線給電システム模式図。
今回、NTTと三菱重工業が共同で実施した光無線給電の実証実験は、2025年1月から2月にかけて行われ、和歌山県白浜町の南紀白浜空港旧滑走路において行われた。レーザー光を送る光学部品を格納した送光ブースを滑走路の端に、1km先に受光パネルを格納した受光ブースを設置し、送光時の光軸の高さは地面から約1mと低く、光軸を地面水平方向とすることで、あえて地面の熱や風の影響を強く受ける環境に設定された。

安全上の観点から、高出力レーザ光の誤照射や反射光の拡散を防ぐために、送光光学系および受光パネルはそれぞれブース内に設置された。
実験では、送光ブースから1km先に設置された受光ブースに向けて出力1035Wのレーザー光を発射し、受光パネルでレーザー光を電力に変換し、1km先に152Wの電力を供給することに成功した。(効率15%)
この送光パワーに対する受電パワーの割合が15%という実験成果は、大気の揺らぎが強い環境下でシリコン製の光電変換素子を使用した光無線給電としては、世界最高効率を達成したことになる。ちなみに、30分間の連続給電にも成功しているため、本技術を用いて長時間給電できることも確認されている。
効率アップをもたらした「ビーム整形技術」(送電側)と「出力電流平準化技術」(受電側)とは
長距離フラットビーム整形技術(NTT)
光電変換効率を向上させるためには、前提として光電変換素子に照射するビームの強度分布を均一にする必要があり、今回の実証では、長距離伝搬後にビームの強度を均一化する「ビーム整形手法」を採用した。

回折光学素子を用いてビームを整形することで、受光パネル到達時に光の強度分布が均一になる。
具体的には、ビームの外周部分はアキシコンレンズの効果によりリング状のビームとなり、中心部分は凹レンズの効果によりビームが広がるように位相を変調することで、伝搬後にリングビームと拡散ビームが重なりあってレーザー光の強度が均一になるという技術である。
実験では1km先で所望の強度分布となるように設計を最適化し、回折光学素子を用いてビーム整形を実装し、1km先でのビームの強度分布の均一性を向上している。
出力電流平準化技術(三菱重工)
大気中を伝搬したレーザービームは、大気の揺らぎの影響を受けて光の強度分布が乱れる。NTTのフラットビーム整形技術によって、ある程度ビームの強度分布を均一化できるが、大気の揺らぎが大きい場合、どうしても強度の高いスポットが生成されてしまうことになる。

大気伝搬後のビームパターン(強度分布のばらつき)をホモジナイザで拡散することにより均一化する。
この問題に対処するために、受光パネル手前にビームホモジナイザを設置し、強度の高いスポットを拡散させて受光パネルに均一にビームが照射されるように改良し、さらに受光パネルの各光電変換素子に平準化回路を接続することで、大気の揺らぎによる電流の変動を抑制し、出力の安定化が実現した。
レーザー光によるワイヤレス送電がもたらす未来
光無線給電技術は、電力ケーブル敷設が困難な地域(離島や被災地などの遠隔地)に対して柔軟かつ迅速な電力供給が可能というアドバンテージがある。
また、レーザー光は指向性が高く、広がりが小さいことから、受光装置を小型・軽量にできるというメリットもある。とくに重量や搭載スペースに厳しい制約がある移動体(飛行中のドローン等)にとっては、バッテリー交換のための着陸やケーブルによる給電といった運用上の制約を回避し、長時間・長距離の連続運用を可能にするわけだ。

実験のイメージ図。電力→レーザー光→受光パネル→電力という形で送電するため、受光装置を小型・軽量に設計することができる。
将来的にはHAPS(高高度プラットフォームステーション)への給電や月面ローバーへの電力供給、さらには宇宙太陽光発電の実現など、市場の拡大が見込まれる宇宙分野での遠距離送電方法としても活用できる可能性もあるという。
NTTと三菱重工業の連携により、大気の影響が大きい環境下においても世界最高効率のレーザ無線給電技術を実現したことは、災害時対応から宇宙開発に至るまで、幅広い分野で高まる社会ニーズに応える革新的な技術基盤として、大きな一歩となるだろう。
今回の成果は、英国英文誌「Electronics Letters」にも掲載されており、国際的な注目を集めることが期待されている。次世代長距離ワイヤレス送電手段の一つとして、レーザー無線給電技術を確立できるのか、今後の展開にも要注目だ。

