円筒形バッテリーセルの歴史を簡単に振り返ってみる
「4680」とは、円筒形リチウムイオンバッテリーセルの寸法規格である。直径46mm×長さ80mmの筒状セルだ。化学的な組成や性質を言い表したものではない。ちなみに“セル”とは車載バッテリーパックを構成する際の最小単位。セルを集めて接続、組み立てたものがモジュール、それを車載できるように配置したうえでソフトウェア(BMS:バッテリーマネジメントシステム)や冷却/加熱などの管理システムを組み合わせたのがバッテリーパックだ。
セルの形状は、ボタン型、円筒型、角型、パウチ型に大別され、円筒型はそもそも家電やPCなど汎用機器向けに誕生した古典的な形状でもある。2012年にテスラモデルSが採用して話題となった「1865(直径18mm×長さ65mm)」は、PC用をベースにエネルギー密度を高めた車載専用品だったが、1台のバッテリーパックに5000本以上も搭載されていた。テスラに1865を供給していたのがパナソニックで、その後、より大型でエネルギー密度を50%も高めた「2170(21×70)」が登場して現在に至っている。
もっとも、この円筒形セルを採用している自動車メーカーは少数派で、事実上はテスラのみ。セル単体のエネルギー密度を高めやすい角型やパウチ型が主流になり、それらは総じて円筒形よりも軽くコンパクトにまとめることができるので車体設計の自由度も高い。
古典的な円筒形が4680で再び注目を集める理由とは
では、なぜ古典的とも言える円筒型に再び注目が集まっているのだろうか。それは、セルの大型化によるさまざまなメリットが、現在のEVが抱えている諸問題を解決する可能性があるからだ。充放電性能、パッケージング効率、生産コスト低減、さらに軽量化や安定性に期待が集まっているからだ。全固体電池関連のニュースも続いているが、その本格的な普及は早くても2030年以降になりそうだ。4680には、より安価で高性能なEVの実現など、今後も進むEVシフトに大きな役割を果たすことが期待されている。
「4680」のメリットは、その貯められるエネルギーの量にある。パナソニックは、現在使われている“2170”に比べて、およそ5倍ものエネルギー量を達成したという。2170と同等のバッテリーパック性能ならば、搭載するセルの本数は5分の1で済む計算だ。
4680にはさらなるアドバンテージがある。液系リチウムイオンバッテリーの課題とも言える熱暴走=発火のリスクが大幅に低減されるのだ。角型やパウチ型、そして小型の2170では必要な性能を得るために限られたスペースにセルを詰め込むため、発生する熱を管理する冷却システムの規模は大きくならざるを得ない。一方、大柄な4680は隣接するセル間の距離が必然的に大きくなるため、熱管理のハードルは低くなる。
日の丸EVバッテリーが業界勢力図を書き替えるか
4680規格の円筒形バッテリーセルの自社開発/生産計画をいち早く発表したのはテスラである(2020年9月「バッテリーデー」)。独自開発の4680は、エネルギー密度で5倍、出力密度で6倍の性能と発表された。充電1回あたりの航続距離が16%向上し、製造コストも10〜20%削減可能としている。セルの電池セルのコスト低減に加え、車両に搭載するバッテリーパックの小型化、冷却など温度管理システムの簡素化などトータルで56%のコストダウンを狙うと発表された。
その後、テキサス州オースティン工場で一部のモデルYに先行搭載され、2023年7月半ばから同工場で生産が始まったサイバートラックに本格採用されている。去る9月14日には、累計で1億本の4680が生産されたとXの公式アカウント上で発表された。今後は、パナソニックからの供給分を積み増すことで、サイバートラックのバックオーダーの消化とともに他車種への横展開が進むだろう。
リチウムイオンバッテリーを世界に先駆けて実現した日本であるが、現在は中国/韓国勢の後塵を拝しているのはご存じのとおり。今回のパナソニックの発表は、そうした現在の市場構造を大きく変える可能性を秘めている。パナソニックが供給する4680はテスラだけでなく、日本国内でもマツダやスバルが採用に名乗りを上げており、今後発売される両社のEVに搭載されるリチウムイオンバッテリーは円筒形がデフォルトになる。
4680は競合するライバル各社でも開発が進んでいるが、パナソニックはおよそ30年にわたる円筒形リチウムイオンバッテリーの開発/生産ノウハウで他社に大きなアドバンテージをもつ。「競合他社の4680よりおよそ10%の高エネルギー密度を実現している」という自信を見せるパナソニックが、現状の業界勢力図を大きく書き替える可能性がある。