物理的かつ経済的な壁を破ったジーカー
EVの性能で、いまもっとも重視されているのが一充電あたりの航続距離。理論的には、搭載する電池の量を増やせば増やすほど航続距離は長くなる。
しかし、電池の性能はもちろん、その搭載スペース、そしてなにより車両販売価格などさまざまな限界があるのが実情だ。結果的に、世に出ているEVの一充電航続可能距離は、長くても500km〜600kmあたりに落ち着いている。
コミュータータイプであれば200km台だ。ちなみにいま日本で購入可能なEVでもっとも航続距離が長いのは、メルセデスEQS450+で700km(WLTCモード)である。
そんな物理的かつ経済的な壁を破った量産初のEVが、ついに市販開始された。「ジーカー(ZEEKR) 001」の2023年モデルに設定されたロングレンジの特別仕様車が、量産EV初となる一充電で「1023km」という驚異的な航続距離を実現したのだ。
ジーカー 001は、中国発のプレミアムEVブランド「ジーカー(ZeeKr)」から発売されているシューティングブレークタイプEV。全長4970×全幅1999×全高1560mm、ホイールベースは3005mmとかなり大柄で、駆動方式は後輪駆動と前輪駆動をラインナップする。
中国を中心に欧州の一部で発売され、日本電産(現:ニデック)のモーター駆動システム(E-Axle/Ni200Ex)やヤマハ製のオーディオを純正採用するなど、日本とも関係が深い。
オーバー1000kmを実現した特別仕様車は後輪駆動で車重は2345kg。ベースグレードに対して10万3000元(およそ204万円)アップした40万3000元(およそ795万円)で発売された。1000台限定とアナウンスされているが、すでに納車は始まっている。
実現のカギは新世代LFPバッテリー「チーリン」
ジーカー 001 ロングレンジ特別仕様車に搭載されるバッテリーの容量は140kWhもある。一般家庭の電気消費量は一日およそ13kWh前後と言われているので、10日以上の電力をまかなえる計算だ。
驚異の航続距離のカギを握るのが、世界最大の車載電池メーカーCATLが開発した最新バッテリーの「Qilin(麒麟/チーリン)」。いわゆるセル・トゥ・パック(CTP)技術を採用したリン酸鉄(LFP)リチウムイオンバッテリーだ。
2022年初冬にジーカーが発売した高級ミニバンEV「ジーカー009」に世界で初めて採用され、今回の001の特別仕様車ではさらに改良を重ねた最新版が搭載された。
LFPリチウムイオンバッテリーは、高価な希少鉱物を用いる三元系(NMC=ニッケル、マンガン、コバルト)リチウムイオンバッテリーに対して、コスト的には圧倒的に優位だ。
しかも、繰り返しの充放電でも性能劣化はわずかで、低温にも強く、発火の危険性が極めて低い。しかしながら、エネルギー密度がNMCに比べて2〜3割近く低いと言われてきた。LFPでNMCと同じ走行距離を達成するには、物理的なサイズを2〜3割大きくしなければならなかったのだ。
中国発プレミアムブランドがEV業界に与えた衝撃
この問題を解決したのがCTP技術。一般的なリチウムイオンバッテリーは、電解液とセパレーターそして電極を包んだ最小単位の「セル」と、それをひとまとめにした「モジュール」、そしてモジュールを複数格納した「バッテリーパック」から構成されている。
CTPはセルをモジュール化せずに直接バッテリーパックに統合する技術。集積度を高めることでエネルギー密度を向上させ、併せて冷却系統や制御系統を大幅にコンパクト化できるので、体積や重量あたりのエネルギー効率を飛躍的に高めることができる。しかも生産工程が簡略化され、安価な原材料も相まって結果的に車両価格も抑えることにつながる。
CTPバッテリーは、用途に応じてLFPとNMCを組み合わせたり、容量・サイズを自在にコントロールできるので、コンパクトカーからEVトラックに至るまであらゆるEVに提供可能だ。CTP技術を採用したバッテリーには、ほかにもBYDのブレードバッテリー(LFP系)や、GMのアルティウムバッテリー(NMC系)などがある。
かつて某プレミアムメーカーの幹部は「バッテリーの価格が直接車両価格に反映される現状で、むやみに航続距離を延ばすのは得策ではない」と喝破したが、もはやそれも杞憂に終わったようだ。
2030年にはCTP技術を採用したLFP電池の割合は市場の40%を占めるという予測値も登場している。つまり、EVの低価格化はさらに加速し、航続可能距離はさらに伸びていく。バッテリーの開発競争は今後も熾烈を極めるだろう。