※このコンテンツはLawrenceの過去記事を、加筆・再編集したものです。
カナダの新興企業が、大手メーカーに先駆け電動スノーモービルを発売
そもそもスノーモービルは、1930年代にカナダのボンバルディア(現BRP)によって製品化された乗り物だ。そして1959年にボンバルディアよって、近代スノーモービルのルーツと呼べるモデルである「スキードゥー」が発売されると、厳冬期に陸の孤島となってしまうような北米大陸の北部エリアで、この乗り物は人々に大歓迎されることになる。
現在スノーモービルは世界で年に約12万台以上販売されているが、北米だけで約9万4,000台が占めている。日本ではゲレンデの作業車、または限られた趣味人の興味の対象と認識されることが多い乗り物だが、北米大陸の北側に住む人々にとっては馴染み深い乗り物なのだ。
2021年3月、カナダモントリオールに本拠を置く新興企業のタイガ モーターズは、当時まだ1台の電動スノーモービルも生産していないにも関わらず、資本家たちから1億4,600万ドル≒≒165億7,584万円の資金を手にすることに成功した(※当時のレート)。
当時29歳という若きガブリエル・ベルナチェス率いるタイガ モーターズは、モントリオールの名門校マギル大学工学部で出会った3人が2015年に興したスタートアップ企業であり、2017年には最初の電動スノーモービルの試作車を完成させている。
彼らは学生時代、環境に優しい設計を競う「クリーン スノーモービル チャレンジ」で、2013〜2014年のゼロ エミッション部門を制覇。そして卒業後、彼らはテスラやフォードといった大企業の誘いを断り、地元のビジネスマンの出資を受けてベンチャービジネスをスタートさせた。
静寂が辺りを支配する冬の大自然のなかで使われることの多いスノーモービルだが、搭載されるICE(内燃機関)が発するけたたましい騒音は長年問題視されてきた。先述の、製品が存在しない段階で多大な資金を得たタイガ モーターズのサクセスストーリーは、静かなスノーモービルという新しい乗り物への期待感と需要が、思いのほか大きかったことの証左といえるのかもしれない。
電動化することのメリットは、じつは少なくない!?
スノーモービルを電動化するメリットは、CO2排出量削減や静音性だけではない。標高1万フィート≒3,048mで出力が30%低下するICE搭載スノーモービルに対し、タイガ モーターズの電動スノーモービルは走行に酸素を必要としないため性能低下することがないのだ。
2018年、標高4,000m超えの高地をゴール地点とする「パイクス ピーク インターナショナル ヒル クライム」で、ロマン・デュマが駆った電動車(フォルクスワーゲン I.D.R パイクス ピーク)が驚異的なタイムを記録したことが話題となったが、「吸気」が必要ない電気モーターは乗り物の行動範囲を広げる可能性を秘めている。
多くのEV同様、タイガ モーターズ製電動スノーモビルのウィークポイントは、やはり航続距離の短さ(30分充電で95マイル≒152.9km)だろう。しかし、長距離走行を楽しむ用途では確かにICE搭載スノーモービルにはかなわないものの、既存の平均的ユーザーの1日の走行距離を考慮すると、現在の航続距離と充電性能でも問題はないとタイガ モーターズは主張している。また彼らは、カナダ国内に自社製品ユーザー向けの充電ステーションのインフラ整備も手がけており、2025年までにその数を1,000以上にすることを目標に掲げている。
水上の遊びの分野にも、タイガ モーターズは進出!
スノーモービルだけでなく、タイガ モーターズは日本ではPWC=パーソナル ウォーター クラフトの分野においても、電動化を推し進める計画を進行中だ。PWCという言葉は多くの日本人には馴染みがないだろうが、携帯型オーディオを"ウォークマン"とかつてほとんどの人が呼んでいたように、カワサキの商標である"ジェットスキー"と日本では呼ばれることがほとんどの、水上で乗って楽しむあの乗り物のことである。
現在市場で販売されているPWCの動力源となるICEは、2輪車やスノーモビルに搭載されるそれと構成が近いものが多い。よって電動スノーモービルの動力システムを転用することで、電動PWCを作ろうとタイガ モーターズが考えたのは、ある意味自然な流れなのかもしれない。
すでにタイガ モーターズは電動PWC第1号機である「オルカ」の予約と販売を開始しており、3,200台以上のオーダーを現在抱えている。また今年の3月にはこの新規事業の立ち上げのために、約4,015万カナダドル≒40億2,610万円の資金調達を完了した。
遠くない将来、大手メーカーも電動のジャンルに参入する!?
電動スノーモービルも電動PWCも、2015年生まれのスタートアップ企業がいち早く商品化したわけだが、北米大手のBRPやポラリスも電動化モデルの開発を着々と進めており、市場に参入するのはそう遠くない日だろうと思われる。
現状、パフォーマンス面ではICE搭載モデルに、スノーモービルにしてもPWCにしても電動パワースポーツモデルは及ばない。しかし大自然のなかで楽しむパワースポーツの愛好家のなかには、「自然に優しい」ことに電動モデルの魅力を見出す人も少なくないだろう。
なおタイガ モーターズは2022年度に133台のオルカを生産。電動スノーモービルのノマドと合わせ、2022年度に320万ドル≒4億2,973万円の売り上げを計上している。4億ドル超えといわれるレクリエーション系パワースポーツの推定市場規模からすればこの成績は微々たるものかもしれないが、今後この新しいマーケットがどれだけの勢いで、そしてどれだけの規模にまで成長するのか注目したい。